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私は発想が自由で
自他共に認める自由人でした。

学生から社会人になる頃に
私の受ける状況に変化が少しずつ起こり始めます。

自由な性格に対して何も言わなかった両親が私の考え行動に否定が始まりまるのです。
今思えば私の将来を心配して両親の幸せのコップに入れようとしていたのだと思います。

将来「なりたい私」について話しても全く聞き入れられず「私」を手放す人生 のはじまりに静かに入っていきました。

 

 

そして親と恩師のすすめる楽器店講師をする事になります。
これで安泰と思っていたらその職場でのいじめ。

「大人がそんなことするなんて」と驚き
「目立った事もしていないのに」と思います。

対策として、かわいがられている子の行動をマネしてみたり、心の透明人間のように意見を求められると空気を読み顔色をうかがいながら、自分発信をするという私に変化していきました。

私の「言葉」は少しずつなくなっていきます。

「大人とは、こういうものなんだ」
どんどん私の大嫌いな中身のない外側だけの私になります。
「大人とは自分の言葉を失い、本当の心、感情に無理やりフタをして生きていくものなんだ」とまで思っていました。

 

 

 

 

結婚したら相手とは「パートナー」になるのだらか自分の感情を伝え、お互いが一番の理解者となるのだ、と何の根拠もなく思っていました。

相手は13歳上のバツ1。
「一度失敗しているから、次結婚する時は失敗したくない」と言っていましたし、もちろんその言葉を信じ、一生過ごすパートナー と思っていました。

結婚し半年後には子どもが生まれました。

経験した事がないのでわかりませんが、
人生で女性がとっても幸せを感じる新婚時代、子どもの誕生という鮮やかな時期に私の世界には「色」がなくなりました。
それは中身のない完全に外側だけを気にする人だったからです。

 

「二人の間では本音で話そう」
「世間の普通は〜でなく二人の普通を作っていこう」

パートナーが発信した事を理解できない場合、完全否定でなくなぜそう思うのか聞いてほしいと伝えても、ただただ私がおかしいと否定。。。 結婚前の隠し借金を棚にあげ、喧嘩になると暴力もありました。

「子ども産んだから女性ではない」
「体型もくずれてきた」
「誰にも相手にされないから結婚してやった」
(もちろんお願いしていません)

など酷い言葉をたくさん浴びせられた事です。

 

 

一生のパートナーと決めた一番受け入れられたい人、味方でいて欲しい人、信じ合いたい人 に、一番言われたくない言葉をたくさん言われ、心は何度もナイフを突き刺されたように酷く傷付けられました。

完全に「私」が壊れるところでした。

「この子を置いて、ここから飛び降りたら死ねる、解放される」とまで思っていたのです。
その時のリビングの光景を今も思い出します。

しかし生後3ヶ月程の我が子を抱きながら、
純粋無垢な表情を見た時、あの最低人間にこの子を育てることは不可能!

私腐っていたらダメ!
母としての責任がある!

私が守らないと!

という気持ちになり

私は我が子に生かされました。

 

 

元旦那に伝えて理解してもらいたいという言葉はありませんでした。完全に壊れて失ってしまう一歩手前だった傷ついた私の「心」、「感情」は生きるために我が子に応急処置をしてもらい、その後はまたフタをして傷口に菌が入らないようにしました。

重たい重たいフタを。。。

しかし、心の奥底で痛みがうずいていました。。。

そしてとうとう、環境に対応するため
「心、感情」さえなくしていきました。
「I want+why」を手放したのです。「楽」になりました。

その時、中身のない事が一番嫌いな私が持った感情は「楽」というもので、意外でした。

また「大人とは、こういうものだ」と心の中で納得しました。

 

 

 

 

そうやって耐えた結婚も5年で終わります。

離婚後の私の目の前に広がる光景に

「色」が戻り「酸素がたっぷりある」という事に気付きました。私ずっと息苦しかったのです。

社会人になって、少しずつ手放して
大人として生きていた、と思っていた事が、全て間違いで求めていた豊かで鮮やかな生活とは真逆の世界にいた事に気付きました。

 

 

よし!ここから私らしい人生をスタートする!
私を助けてくれた娘を一生懸命幸せにし、
しっかりした大人に育てる!!と誓います。

この時思い出しました。
娘の名を付けたのは私です。

「ユメ」といいます。
悠々自適の「悠」に愛情の「愛」で「悠愛」。
永遠に人に愛され、人を愛することのできる心豊かな人、そしてドリームのある人に。という想いを込めてます。

まさに私が、どんどん本来の「私」を失っている途中に「私の心」が奥で叫んで、無意識のうちに、「豊かな心の大切さ」を「名付け」を通じて伝えてくれたのだと感じました。

「鮮やかな人生にする」と強く思いました。

 

 

全てがうまくいくと思っていた矢先、
娘の通っていた学童で子ども同士のトラブルがあり、全て娘のせいになっていました。

よくよく話をすると私がシングルマザーだったからでした。
偏見 がそこにありました。

「私」「女性」「妻」「母」として頑張り続けていた私の緊張の糸がプツンと切れ、感情が爆発しました。

「いい加減にして!!」

もう人生邪魔されたくない!
娘に悪い環境を見せたくない!

「子どもたちに、心の豊かなことの大切さを
音楽を通じて伝えられる学童を作る!私、起業する!!」と心の中で叫んだ瞬間でした。

 

 

しかし現実は子ども目線でなく、
頑張っているのに潰されそうになる女性に対して、寄り添いサポートがしたい と気づきました。

私が 心の拠り所を求めていた ように、
求めている人は多いと思いました。

しかしどうやって?と「核」が見つからなく、セミナーへ行ったり本ブログなどを読んでいました。

 

 

 

 

そんな時、理恵さんのブログに出会います。
1年くらいした時、何かのきっかけで理恵さんに、このモヤモヤをメールする機会がありました。

その時にLMC養成講座の説明会のお話を頂きます。

説明会の印象は「安心安全ポジティブな場の大切さ」、
協会ミッション「幸せに生きる事を諦めない人を増やす事」という事を、強く熱く伝えておられる理恵さんのたくましさ、キラキラした姿にただただ憧れたという事です。

ここなら私の心、感情を取り戻して 「私の想いを伝えられる場が見つかる」と思いました。

 

 

講座はいつも安心安全ポジティブ、
同期の皆様にも色々なストーリーがあり縁があり、この場で出会えました。

色々なライフステージで闘っている、
活躍している、努力している人は想像以上に多い。

安心安全ポジティブな場だったから、
私が 乗り越えてきたと勘違いしていた、ただフタをしていた「過去」に勇気を持って向き合うことができ、

自身の心と対話をし「心」「感情」に気づき「私」を取り戻せてきました。

 

 

安心安全ポジティブな場は本当に大切です。

私は 生きる環境、働く環境に、安心安全ポジティブ場 を求めていたのです。

今まさに、自分らしさを手放し、
あきらめて生きている人、手放しそうな人に、私は「大丈夫」と伝えたいです。


なぜなら、私がそうであったように
努力する場が、安心安全ポジティブな場 でないから、
潰されそうになったり、想いが形にならない事が増えたり、
と問題が起きる事、

そして 心の平安 の大切さを伝え、
心のゆとりを持って落ち着いて自分と向き合えば

必ず見えるものがあるという事、実体験あります!!と伝えることができるからです。

 

だから私は 安心安全ポジティブな場 で自信を取り戻し、

自分の幸せのコップを見つけ
自分色の人生を過ごすことのできるよう、

その人その人の心に寄り添ってライフミッションを見つけるサポートがしたいと思っています。

 

 

私をおすすめする3つの理由

このようなお悩みはありませんか?

1Day講座を受けるとこうなります