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私は、大家族の末っ子として生まれました。
両親が共働きのため、二歳から保育園に通い始めたのですが、居心地の良い家から離れるのが嫌で、毎朝母を困らせるような子でした。年少さんのときには男の子とケンカをして、ますます行きたくなるのと同時に、目立つこと、人前に出ることが苦手になっていきました。

 

それは、小学校に入学してからも変わらず、吐き気や腹痛など体調に表れるほどメンタルが弱くて、兄に付き添われて通うほどでした。
そんな私にも、少数の友達ができました。友達がいれば、学校自体は怖くない楽しい場所へと変化し、家から少し外の世界へ馴染んでいくことができました。それでも、心の奥底では、常に引っ込み思案で自信のない自分が一緒でした。

 

 

中学生になると、仲良くなった同級生と外国人ミュージシャンのファンになりました。私は、口ずさみながら曲を聴きたいという思いがあり、英和訳された歌詞カードに興味が芽生えました。英和訳を見比べるうちに、習った単語があれば私なりに訳してみたりもしました。また、直訳ではなくて前後の意味を考慮して、翻訳さんが訳していることにも気づき、英語の面白さを見出しました。
そんな経験が、私を後のアメリカ留学へ駆り立てるきっかけとなりました。

 

高校生のときには、ニュージーランドへ一ヶ月間の交換留学を体験。日本と同じ島国であるためか、比較的おっとりと奥ゆかしい人が多かったのですが、同じ年齢なのに凄く大人びて見えました。私が一番凄いと思ったのは、将来の夢を語り、それに向かって進んでいるところでした。交換留学なので、我が家にホームステイにきた女性も、国で日本語を使った仕事がしたいので、一生懸命に学んでいると話してくれました。自分のやりたいこと、なりたい自分というものが明確だからこそ、自信を持っているし人にも自己表現できるのだなと感じました。

 

また、彼女が我が家にいる間に、私のコミュニケーションの乏しさが原因で悲しませてしまったことがありました。私は何の気なく、ただ一緒に電車に乗っているつもりだったのですが、彼女にしてみたら、会話がない(笑顔がない)→怒っているのかも→無視されているのかも→不安になる→悲しくなる。そして泣きながら、私にその思いをぶつけてきました。思いがけないことでしたが、私自身が心地の悪い環境を作り出し、彼女を傷つけていたのでした。もっと耳を傾けて話を聴き、会話することの重要性を痛感しました。その反面、私はコミュニケーションができない、ダメな人間なのだと感じた経験でもありました。

 

高校卒業後はアメリカ留学を推奨している短期大学へ。将来は英語を使う仕事、特にキャビンアテンダントになることを夢見ていました。在学中は、アメリカの小さな町に三ヶ月間の留学をしました。引率の先生は最初の一ヶ月間で帰国し、残りの期間は生徒たちだけで乗り切るしかありませんでした。

 

聴き取り力がある人、会話力がある人、行動力がある人、その場を明るくしてくれる人などなど、それぞれの強みを持ち寄って、一つのチームとして乗り切りました。一人では、落ち込んで挫けてしまうことも、仲間がいたからこそ頑張れました。また、私も仲間をサポートすることに貢献でき、役に立てたことを嬉しく感じました。

 

 

短期大学を卒業後は、長期的な留学をすること決意。それは、もちろん英語の学びを深める目的もありましたが、日本を飛び出して環境を変えること、英語を話すことで自信のない「関田祥子」ではなく、誰か別の人間になれるような気がしたからです。だから、アメリカに戻りたかったのです。学校選び・入学手続き・ビザ申請などの事前手続きは、すべて自分でトライしました。“私もやればできる!”という自信につながり、この経験は、あとあとの留学生活でも役に立ちました。

 

最初の留学先は、大学直轄の英語学校。日本人が多く、まるで小さな日本社会のようなものでした。主に日本人と一緒に過ごしていたら、自堕落な生活になり、最後の進級試験は予想通り不合格になりました。

 

環境を変えたくて、短期大学時代に留学していた小さな町の大学の英語学校へ編入しました。学生寮でのルームメイトは黒人の女性、お隣の部屋も黒人女性。私は、ただでさえコミュニケーション力が低いし、自己表現が下手なのに対し、とてもオープンなルームメイトたち。彼女たちは、私が何人なのかはあまり関係なく、どんな人なのかが重要で分け隔てなく受け入れてくれました。

 

たとえば、朝、授業に行くのに起きられないでいると声をかけてくれたり、ベッドのシーツを買わずにいると譲ってくれたり、校内で顔を合わせれば必ず挨拶を交わすなど、色々と気にかけてくれました。そんな彼女たちだからこそ、素の私でいられたのだと感じました。

 

寮生活の後、二人のアジア出身の留学生とルームシェアを始めました。同じ留学生という視点から、国や出身地の話を聴く良い機会となりました。また、お掃除や片づけなど分担やルールを決めて、共同生活を育んでいくことも学びました。

 

留学に来たからには、大学に入学してちゃんとディプロマを持って帰るところまでが、一つの区切だと考えていました。大学に正式に入学するのには、必要な英語検定試験と州独自の試験の基準に合格することでした。

 

しかし、なかなか入学基準を満たせず、一年の月日が経ってしまいました。誰から責められるわけでもなかったのですが、お金を出してくれる親にも申し訳なかったし、できない自分に対しても嫌気がしてきました。「もう帰国しようかな。これで最後の受験にしよう。」と思いながら受けた試験で、何とかギリギリの点数で、通える短期大学がありました。

 

しかし、通うには車で一時間くらいの場所だったので、思い切って引っ越して一人暮らしをすることにしました。学校から近いところに、手ごろなアパートを見つけることができました。ベッドやデスク以外は、すべて自分で運び入れました。私が何往復かすれば済むことなので、人に手伝ってもらおうとは思いませんでした。

 

時季的に夏休みで、ルームメイトたちは都合悪いから頼めない、他の仲間にも自分からは頼む勇気がありませんでした。なぜなら、その時の私は、とある女性を通して自分が存在しているように感じていたからです。彼女は立派な車を持っていたし、賢かったし、英語は勿論のことコミュニケーション能力が高かったし、自分というものをしっかりと持っていて輝いている女性でした。

 

そんな彼女は、人気があり、異性からも好感を持たれていました。私は羨ましいとも思っていました。もちろん、彼女は何も悪くなくて、私の一方的なコンプレックスでした。自分に自信が持てず、彼女なしで仲間と会っていると不安で、私の存在があるようでないと感じていました。人と比べて、私は劣っていると強く感じていました。なので、一人暮らしを始めたときは、自分の城を持ったようで気持ちが解放されました。新しい「私」が始まることに、とても嬉しく思いました。

 

入学した学校では、日本からの団体留学生が多く、個人で来ている私は物珍しい目で見られていました。そんな中、一人の男性が話しかけてきました。その人と、男女として付き合うようになったのですが、すでに彼女がいる人だったので、あまり人目につかないようにコソコソと付き合う中でした。それでも初めての彼氏でしたし、私の存在を認めらたようで幸せでした。

 

半年くらい経った夏のこと、彼女に浮気がバレ、結局彼女を傷つけてしまいました。彼女の周りからは、当然白い目で見られるし、私の周りからは酷いことを言い去っていく人もいました。私も傷つきました。それでも、私をよく理解している人たちは、認めてくれて応援してくれましたし、結果、彼とはコソコソせずに付き合えるようになったということを支えに立ち直ることができました。

 

そんなこともありながら、このアメリカ留学全体を通して学んだことは、人種とか年齢とか、そんなの自分が思っているほど気にしていなくて、むしろ人柄やどういう価値観を持っているのかなど中身を重要視していることがわかりました。

 

また、どんなに地位や名誉がある人に対しても“YOU”であること、どんなに小さな子供でも自分に対しては“I”なのだということ。文法上、当然のことなのですが、言葉からも人の内面を見ているのだと感じ取ることができました。こういう環境と感覚のなかで育ってきたからこそ、堂々と自己表現ができる人が多いのではないかと感じました。加えて、いつでもサポートし合える仲間が必要だということも学びました。

 

 

学校を卒業して、日本に帰国。彼も、その一年後くらいに帰国しました。
キャビンアテンダントは身長の基準があるとわかり断念。自信がなく、私なんかどうせ落とされると思っていたので挑戦することもしませんでした。とりあえず、英語を使った仕事をしようと、通信会社の国際電話交換手の契約社員になりました。仕事では、諸国の交換手と会話を交わすこともあり、声を通してそのお国柄を知ることができました。たとえば、南国は気さくで明るい対応ですが平気で待たせる。閉鎖的な国は、仕事は早いけれど笑いは一切ない等々。育った国が違えば、こうも変わるのかと、貴重な体験でした。

 

ある時、アメリカから一通の手紙が届きました。内容を要約すると、彼の女癖が悪いということでした。百閒は一見にしかずで、実際見たわけではないので、私は彼を信じることにしました。その後付き合っていく中で、結婚のことを話に出してくるも、将来を見据えた職を探そうとしない、女性の痕跡が見え隠れする状態でした。何より、私の彼に対する気持ちが薄れて、別れを切り出そうとしていました。

 

そんなところへ、彼の仕事仲間から、バツイチ子持ちの女性と半同棲するような形で浮気をし、妊娠させ中絶さたことを聞かされました。不信感や絶望感で、頭の中がいっぱいになりました。そんな人を好きだったのかと思うと、自分のことが情けなくなりました。

 

でも・・・これは、なるようになった結果でした。以前に手紙が来たときは信じたのに、このとき信じようともしなかったのは、私自身が別れたかったから。このことを理由にして、あっけなく別れたのでした。人にしたことは、必ず自分に返ってくるということを身に染みてわかりました。この経験から、私は浮気相手の気持ち、そして浮気された人の気持ちの両方を理解できるようになりました。

 

その後、派遣社員として、不動産サービスの営業事務の仕事に就くようになりました。それまでは、接客業が多かったので慣れない業務に戸惑いもありましたが、先輩や同僚が素敵な方たちばかりで救われました。しかし、会社のトップが変わると経営方針も変わり、上司や同僚が入れ代わり立ち代わり異動。職場の雰囲気も変わり、席に座っていると息苦しさを感じるようになりました。

 

業務にやりがいや面白さを見出せなくなり、入社してから八年後に辞めることにしました。私じゃなくてはできないこと、人の役に立つことを見つけようと思いました。私も、この社会に必要な人間であるという、確固たる理由が欲しかったのです。

 

 

たまたま友人がアロマ教室に通い、良い香りのするクラフトを見せてくれて、私も作ってみたいなと思いました。近所に教えてくれる人はいないか探したところ、ライフミッションコーチ協会認定講師でもある、清水知佳さんのアロマ講座を見つけて受講させていただきました。アロマは、ただ香りを楽しむものだと思っていた私は、薬理作用や香りが脳に直接届き潜在意識にまで働きかけること、そしてオイルをブレンドして施術(オイルトリートメント)ができるということに感動しました。香りとトリートメントのタッチングで、心身共に癒しを与え感謝される、なんて素晴らしい職業だろうと思いました。早速、アロマとボディトリートメントの資格をとり、勢いで自宅サロンをオープンしました。

 

私じゃなくてはできないこと、私だからお役に立てることをしたいと思っていたのに、正直、毎日予約が入るわけでもなく、全然儲かっていませんでした。気が付けば、アラフォー世代。周りを見渡せば、結婚して子供を育てていたり、キャリアを積んでバリバリ稼いでいたり、みんな立派に見えて虚しさを感じていました。「何年も留学していて、この程度なの?英語を使う仕事じゃないの?」と思われたくなくて、留学していたことすら隠すようになりました。もっとお客様に来て欲しいし、周りに認められたくて、もっと自分に自信をつけたくて、サロンのメニューに取り入れられそうなセミナーや講座を受け始めました。

 

でも、ディプロマをいただいても、物足りず満足できず「もっともっと自信をつけなくては」と、セミナーや講座を受け続けていました。そんな思いで参加していた講座で知り合った方に「関田さんに、いつも癒されています。」と涙ながらに仰っていただきました。

 

そのとき、その一言で私が探していたものが見つかったような気がしました。「立派な人間になろうとしなくてもいい。何か凄いことをしてあげようではなく、ただそばにいて胸の内を聴いてあげるだけで良いのではないか。そうすることで私が人の癒しとなるなら、それが私の存在する意義ではないか。」

 


そんな気付きを得た頃、ライフミッションコーチ協会やメンタリングカードの話を、直接、知佳さんから聴く機会がありました。ライフミッションを見つけ、自分のコップを満たしているからこそ、知佳さんは益々輝いているのだと感じました。純粋に、私もそう在りたいと思いました。

カードセッションや養成講座を通して、知佳さんをはじめとする志ある仲間を得ることができました。留学仲間がいないところで、留学経験があることも、別れた彼とのことも話せたのは、この仲間の「安心・安全・ポジティブな場」があったからです。

また、私の強みは、話を聴き癒すことだと気づきました。そのうえで、アロマセラピーやメンタリングカードなど、私が培ってきたスキルを用いて私自身が癒しの存在となり、身体の内側と外側からとで「安心・安全・ポジティブな場」をサポートしていきたいです。

『あなたはあなた、私は私。誰かになんてなろうとしなくて良い、ココロもカラダも解放し、ありのままの自分を正直に表現する人を増やし見守ること』が、私のミッションです。

なぜなら、結婚してなかろうがキャリアがなかろうが、必要のない人間なんて、実際は一人もいないからです。ただ、自分の存在意義に気づいていないだけです。

答えを外に求めるのではなく、内なる答えが意義です。誰かと比べる必要も、期待に応える必要もない、自分に正直に生きることで自信を持つことができます。

そんな活動を一人ではなく、仲間と応援し合いながら進んでいける「安心・安全・ポジティブな場」だから、ライフミッションコーチ協会でミッションを広めていきたいです。

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