HOME  >   LMC認定講師一覧  >   山本 ゆかり

私は普通のサラリーマン家庭の長女として生まれました。

小さい頃からオシャレが好きで、おもちゃのアクセサリーを着けて遊んだり、リカちゃん人形で髪の毛や服をオ シャレさせて遊ぶことが大好きでした。けれど、実際には自分の服を自由に選んだ記憶はないです。服装のことだけではなく、習い事や進路も母の言う通りにしていました。

反発することもなく、自分がどうしたいのか考えたこともなかった気がします。ずっと母に言われる通りにしてきたので、母の勧めることが自分のやりたいことだと疑いもしなかったのです。

母は愚痴っぽく、感情的な人でした。
父に対しても一方的に感情をぶつけていたので、 私は夫婦喧嘩にならないか、いつもヒヤヒヤしていて、母の機嫌が悪くならないように、常に母に気を使い、ご機嫌をとって、母の喜ぶ良い子でいようとしていたと思います。私はずっと母の価値観で生きていたのだと思います。

 

 

結婚をしてからは、今度は主人に気を使い、やはり自分の人生を生きているという実感はなかった気がします。両親の姿を見ていて、私は感情的に言い合うことはしたく ないと思っていました。思ったことを言うと喧嘩になると思っていたのです。

主人は、家には仕事を持ち込まない、仕事の愚痴を言わないと決めていたらしく、お互い本音で話をする夫婦ではありませんでした。主人は、いつもイライラしていて、ストレス満載で、部屋に引きこもることが多く、私は3人の男の子の子育てを1人で背負い込んでいる気になっていました。文句を言わずに頑張って、1人で家事と子育てをする。 これが良い妻、良い母だと思っていたのです。

けれど頑張れば頑張るほど空回りしていました。例えば、夕飯は作りたてを食べさせるべきと思って、下ごしらえをしておくのですが、主人の帰宅が遅く、子どもの添い寝で一緒に寝てしまって「メシも用意していない!」と怒られました。起きていようと思うのに、疲れていつの間にか寝てしまう自分を責めました。

主人の前で緊張するようになり、料理を失敗したり、主人の服にカビを生やしたり、ちゃんとしようとするほど、主人のことに限って失敗が続 くようになりました。

主人は、よくお腹を壊していました。
私はストレス性のものではないかと言ったのですが「毒でも入れているんじゃないか」と言われました。そして主人は家を出ていき別居が始まりました。私は傷つきました。こんなに頑張っているのになんでだろうと、自分を責めてどんどん自信を失っていき、自分が嫌になりました。

そして長男が高校で不登校になり、子育てにも自信が持てなくなりました。それでも私は、明るく良い母良い人でいようとしていたんです。それは周りの雰囲気を壊したくないという子どもの頃からの癖でした。

心の奥では、「私は普通の家庭を作ることができない、幸せにはなれない人間なんだ」とどん底にいたのに、その気持ちを見て見ぬ振りをしていたので、心が麻痺していて泣けなかったし、誰にも弱音を吐くことができませんでした。

 

 

そんな苦しみから目を背けたかったのと、いずれは経済的自立をしなくてはいけないという焦りの中で見つけたのが、小さい頃から好きだったおしゃれに関する仕事でした。

私は、ファッションスタイリストとして起業しました。スタイリストの勉強をした時に自分の魅力を受け入れることが人生でとても大切なことだと気づきました。本来の自分の魅力を否定しながら自分を好きになることはできません。自分の魅力を活かす ファッションスタイルは、周りの人に褒められたり、尊重してもらえる経験が増えたり、自分はこれで良いのだと思える体験ができます。

自分に自信がなくて自分の外見を否定していた私が、少しずつ自分を受け入れられていき「おしゃれをすることで人生が豊かになる」ことに気づき、周りの人にもそれを伝えていくことを仕事にしたい、 人を綺麗にして喜んでもらいたいと思うようになりました。けれど、やりたい仕事が見つかっても、この人生で私は本当に良いのだろうか?とどこか心にぽっかりと穴が空いているような気がしていました。

 

 

スタイリストで起業して4 年目の頃、東京であるグループコーチングを受けることにしました。そこでは、主催の先生が決めたグランドルールがあり、自分や他人を尊重しあうためのいわゆる「安心安全ポジティブな場」が守られていました。共に言いたいことを言い、分かち合い、励まし合う仲間ができました。

そしてその仲間たちが、 私が講師のファッションセミナーを主催してくれたのです。仲間たちが自ら率先して セミナー運営の役割をかって出てくれて、私は30人規模のファッションセミナーを東京ですることができました。

私は、仲間が用意してくれた場で、自分の役目に集中して力を発揮することができました。「安心安全ポジティブな場」では、自発的に動け、 自然に人を応援できたり、力が発揮できたり、人の良い面がより強まるのだという体験ができました。

同じ頃、私はオーラヒーリングのスクールに通い、ヒーラーとしても活動するように なりました。生体エネルギーの浄化、また潜在的な記憶や細胞レベルの記憶までも浄化するヒーリングです。このヒーリングで霊学という学問も学びました。霊学の学びに論理的思考のススメがあります。起こること全てに意味があり、自分の喜怒哀楽の感情を意味あることとして論理的に考えることで、出来事を高い視点で捉えて全て自分の魂の成長のために捉えることができると学びました。

おかげで、私はやっと過去の自分の経験には、大きな意味があると考えられるように なりました。けれど、もう充分色々とやってきたのにまだ何か足りない気がしていました。そこで出会ったのがLMC 協会で「ライフミッション」という言葉でした。私はずっと自分の「使命」を探していたのです。 そしてLMC 協会での学びの中で、さらにもっと深い気づきを得られたのでした。

 

 

私は小さい頃から感情に蓋をして、自分がどうしたいのかわからなかった。母の喜びが自分の幸せだと勘違いをして、母の幸せのコップで生きていたのです。そして結婚してからは、自分の気持ちを伝え合わない夫婦が、相手を尊重しているつもりで、結局は自分ばかりが我慢しているという自己犠牲から相手を攻撃していたのだという、まさに「危険で不安でネガティブな」環境でした。

そんな状態の家庭で私は子育てをしていたのです。きっと子供たちも生きにくかったのではないかと思います。 もしも家庭が「安心安全ポジティブな場」であったなら、きっと私は主人に「家族のために遅くまで働いてくれてありがとう」と自分の本当の気持ちを言えたし、「3人の子育ては大変だということをわかってほしいだけなの」と素直に伝えられたでしょう。

けれど、だからこそ私は自分の人生に疑問を感じ、自分の内面と向き合って、本当の自分に気づくことができたのです。そして自分の人生を自分の幸せのコップで生きようと思えたのです。今、そのきっかけを与えてくれた母や主人に感謝できるようになり、そして子どもたちの人生は子どもたちの幸せのコップがあるのだと思えるようになりました。

今では、高校・大学と不登校経験のある長男は、自分のやりたいことを見つけ、それを仕事にしています。そしてその仕事が社会貢献に繋がるんだとキラキラの瞳で夢を語ってくれ、「今までありがとう」と感謝の言葉を言ってくれました。次男も三男も私に自分の思いを素直に表現してくれて、とてもいい関係を築けています。

 

 

今の社会は、私のように子どもの頃は親の幸せのコップ、結婚したら旦那さんの幸せのコップで生きている人が多いです。人は他人の幸せのコップで生きても幸せにはなれない。それだと、制限をかけられているように感じるはず。やりたくない事もやらされて、頑張らないといけないと窮屈な人生です。

ともすると、それを人のせいにしたり、社会や世の中のせいにして、悶々としている。私は、過去の私のように自分に自信がなく、自分が何をしたいのかわからない人に、自分の幸せのコップに気づいて、 本当の自分と繋がり、自分の人生を取り戻して欲しいと思います。

自分の答えは必ず自分が持っています。だから自分を信じて、自分の人生を創り出して欲しい。そう思 えるのは、今私は、魂から湧き上がる想いに気づき、その想いで行動できることで、心から満たされて、人生が輝き始めたからです。




私がこれからやりたいことは、LMC 協会で学んだ「安心安全ポジティブな場」の重要性を伝えながら、「ファッションを楽しみ自分のことを好きになろう」「自分の本当の気持ちに気づいてそれを伝えていこう」と発信していき、またオーラのヒーリングでエ ネルギーを癒し浄化することを勧め、感性や感覚を養うためのイベントなどを企画運営していきます。

そして私のライフミッションは「ありのままの自分を認め、魂から湧き上がる思いに気づいて人生を主体的に生きる、心が満たされて幸せな人で世の中をいっぱいにする」 です。 その先にあるビジョンは「互いの個性を認め、才能を分かち合い、子ども達に夢と希 望を与える、愛と調和の世界」 そんな素晴らしい世界になるために、私はこれからも情熱の源泉に繋がり行動していきます。

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