HOME  >   LMC認定講師一覧  >   並木 真綾

自営業の両親のもとに生まれた私。
リーマンショックをきっかけに、経営状況が劇的に悪化しました。

毎日薄暗い祖母の家で今後の金銭のやりくりについて深刻な顔をして話し合う両親。
反抗期で、家で喚き散らす妹。
そんな家族をなんとかつなぎとめようと、誰にも弱音を吐かずに必死で踏ん張り、明るく振舞おうとする母の姿。

そんな環境で育ち、長女の私は、両親に迷惑をかけないように、期待に応えることがすべてと思うようになりました。

私がわがままを言ったら、ぎりぎりで成り立っている家族が壊れてしまう気がしたのです。

 

 

両親の自慢の娘であろうと必死に受験勉強に励みましたが、結果、一浪の末、志望校に不合格。
努力しても成果が出ない私には才能がない。
それでも努力し続けないと、私には価値がない。

そんな風に思い込むようになりました。

 

 

大学を経て、就職したのは、超男性社会のハウスメーカー。

お客様の人生の大きな選択に寄り添い、力になりたい!という気持ちで営業職を選びました。

ところが、当時の会社は、
残業午前様当たり前。
売れなきゃ帰るな、電話訪問の連続で、過酷な労働環境でした。

私は営業所でたった一人の女性営業。

周りは男性ばかりで、配属されて早々、
「早く結婚して辞めたら?その方が幸せだよ」と相手にしてもらえませんでした。
悔しくて悔しくて、休みも返上して他者リサーチをしたり、資料作成したり、人一倍努力をしました。

だって、私には「努力」しないと価値がないから。

それでも一向に業績は上がらず、ときには、上司の方針で、
お客様の迷惑を顧みずに家に押しかけたり、他社に打ち勝つために勧めたくない商品を提案しなければならなかったりもしました。

 


ある日私は、もう一歩も頑張れなくなりました。

お客様に喜んでもらいたいと思って、この会社に入ったのに、私は何をやってるんだろう。
何のために必死で頑張ってるんだろう。

そう思ったら、辞表を握りしめてわんわん泣いていました。

 

ちょうどそのタイミングで、妊娠が発覚、私は逃げるようにして産育休に入りました。

そのころオンラインを通じて、LMC協会倉田侑季講師と出会いました。


そして、私がこれまでずっと、「他人」の幸せのコップで生きていたことに気づいたのです。

 

両親の期待に応えようと、必死で両親の正解を探し、
会社で成果を上げようと、男性が作った営業の型にはまろうと自分を押し込めてきた私。

侑季講師はそんな私に、
幸せの形は自分で決めていいんだよ、ということを伝えてくれました。

 

そして、こんなにお客様に寄り添ってくれる営業はいない!と復職直後の私から、家を購入してくれたのです。

そのことをきっかけに、男の人の営業スタイルに無理に合わせようとすることはやめました。
お客様を大切に、自分と家族を大切にしながら、自分らしく営業することに決めました。

すると不思議なことに、
「並木さんだから買いたい」というお客様が集まってくるようになり、紹介もたくさんいただけるようになりました。


私は、育休復帰後、残業ゼロでのびのび働きながら、過去最高業績達成、係長に昇進を果たすことができたのです。

 

LMC協会、カードコーチングに出会って、
「自分はどうしたい?」に徹底的に向き合い、言語化してきたからこそ、
自分の幸せを自分でつかみ取ることができました。

 

そんな折、私を試すような出来事がありました。

当時1歳だった息子に脳の形成不全という重度の先天性障害があることが発覚したのです。

医者から、
「同じような症例では歩くことも話すこともできません。
今普通に過ごせていることが奇跡です」
と言われ、目の前が真っ暗になりました。

今後発達にどういう問題が出てくるかわからない不安の中で、それでも、
息子が息子らしく、自分の個性を発揮できるように、のびのび過ごせるように、と覚悟を決めました。


親や会社の求める正解にがんじがらめで、苦しかった私が、
自分らしい生き方を見つけて、一歩ずつ自信をもって歩み始めたように、

息子にも、
自分の個性を誇りに思い、自分の思う幸せを貫いていってほしい、と思うようになりました。


そんな私の実現したいビジョンは、

一人一人がありのままの個性、そして積み上げてきた人生を誇りに思い、
それぞれの凸凹を魅力として生かし合える社会

です。

そのために、

自分の人生、個性をポジティブに受け止め、
表現できる人を増やし、人との違いを楽しめる場を広げていきます。

それが私のライフミッションです。

私をおすすめする3つの理由

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