最初に、自分でこのライフミッションストーリーを書き大切だなと思った事は
幼少期の経験、思いはきちんと癒さないと大人になってからの影響も大きく、子育てにも大きく影響する。
ということです。
わたしは母が40歳の時に産まれました。
わたしを出産して間もなく高齢出産と遺伝によるリウマチを発症。
母がまだ元気な時は休日、
家族で公園に行ったりと楽しい思い出が沢山あった。
複雑な家庭環境
母は、わたしが低学年頃までは薬で進行を抑えつつ家事もこなしていましたが
徐々に悪化し、2歳違いの姉と二人で登校前と夕方に家事をするようになりました。
学校の先生も家庭の事情を知っていたいたので登校すると
「お疲れさん。」
と声を掛けてくれるのが嬉しかった。
姉はこの頃友達に
「なんで夕飯の準備をお母さんがしないの?」
と言われたことをきっかけに家庭に違和感を抱くようになります。
わたしも遊んでいると呼びに来られて帰る。
母に聞いても
「うちはうち。他所は他所。」
としか答えず。
小学生に説明するには不十分で納得のいく答えではなかった。
姉はわたしが産まれてからは親に甘えた記憶がなく、
幼稚園の頃はクラス全員の靴を外に投げ捨てるなどの問題行動が絶えなかったらしい。
わたしは末っ子だったので甘えられた。
幼稚園に行く前に髪の毛を結んでもらって
母の膝に座って抱きしめてもらえるのがうれしかった。
母が子供に頼んでまで家事を完璧にしたかった理由は
自分のきれい好きな性格と亭主関白な父に逆らえないから。
父は散財癖もありお給料の半分は飲み代に使う。
なので家にはお金がないけど母は病気で働けない追い目があるので従わざるを得ない。
もちろんそんな父なので家事をやることは一切ない。
とはいえ、小学生二人が登校前にバタバタと掃除をするので
やり残しも多く帰宅後叱られはするものの
「ありがとう」を言われたことは一度もなかった。
この頃母に玄関の外に数時間出されたり靴ベラで叩かれたりすることが増えた。
ストレス発散だったと思う。
それでもわたしが中学の頃から
”わたしが産まれたせいで母は病気になったんだ”
と責任を感じるようになる。
なので、
もっと母に気に入られたい、
助けるのは自分しかいない
と思う。
しかし、
わたしが成長して自分の時間が必要になる歳になっても家事を優先する母。
その頃付き合っていた彼氏と大事な電話をしていても部屋にズカズカ入ってきて
「いつまで電話してるの!」
「ご飯の準備は?」
この頃はわたしのプライバシー、プライベートなんてものは家には一切なかった。
母は何をそんなに父を恐れてるんだろう。
父だって家族なのになんで協力し合えないんだろう。
わたしは父のことが嫌いになった。
憎しみと感謝
姉は高校に入ってから帰宅が深夜になることがほとんどで、
たまに家にいても家族の誰かとケンカ。
「お姉ちゃんなんていなくなってしまえばいい。」
そう思っていたら二十歳で結婚。
母を助けるのはわたししかいない。
それが現実になった。
なんでずっとまともに家にいなかったのにそのまま結婚?
ずるい。
姉は結婚の時わたしに
「ごめんね、先に出て」
とは言ってたけど
口では何とでも言えるでしょ。
そうも思っていた。
姉が結婚後しばらくして、
他所のうちと自分の家のギャップで精神的な病気をいくつも併発。
旦那さんが夜勤の日には
薬を大量に服用して病院に何度か運ばれた。
そんなことが続いて一人にしておけない
ということで、姉夫婦が実家に同居することに。
同居後も手首を切って自殺を図るなど心が休まる事はない。
寝たきりの母にそんな状態の姉。
さすがにその時は父と姉の旦那さんと途方にくれた。
途方に暮れるってこういうことなんだって初めて実感した。
その頃からは
自分の出生に責任を感じながらも
いつまで家に縛られるんだろう。
その気持ちも芽生え始めて葛藤していた。
しばらくして姉の病状が少し落ち着いたころ姉が家を買って
「うちは、いくらお母さんが病気だとはいえ普通じゃないよ。」
「このままここにいたらわたしみたいになるのは間違いないよ。」
「引っ越して落ち着いたら家を出てしばらく一緒に住もう!」
と声をかけてくれたので両親は反対したが実家を出る事を選んだ。
とはいえ姉もまだ病状に波があり
暴れたりなどもよくあり居心地のいい家ではなかった。
そんな時、今の夫と出会って同棲をする事を姉に言うと
「家を出るなら縁切るよ!」と
謎の怒りをぶつけられたがそのまま出た。
でも、姉が声をかけてくれていなければ、
もしかしたら今でも自分の人生を生きていなかったかもしれないのでとても感謝している。
ここでやっと本当に自由になれた気がしたが、
わたしと一緒に住み始めて夫がリストラに合うなど不運が数年続いた。
全部私のせい
ここでも
やっぱりわたしと一緒にいるからだ。
生まれてきた事でみんなが不幸になってるんだ。
少し落ち着いていた気持ちがまた出てきた。
そこからは以前よりも酷かった。
家族の不幸は全部わたしが生まれたせい。
なんで母はわたしを産んだんだろう。
姉が生まれる前に母は女の子を死産で出産していた。
子供は二人でいいと父と話していたらしいのでその子が生まれていたらわたしはいなかったはず。
それでよかったのに。
そしてわたしが29歳の時
10年の入院生活の末、母が亡くなった。
それからは
「母が死ぬんじゃなくてわたしが死ねばいい。」
何度もそう思って包丁を持ってトイレに立て籠ったりを繰り返していた。
流石に自分自身も疲れて心療内科にも通うようになった。
しかし、父がわたしの状況を知った時
「なんで恵までこんなふうになったんだ?」
すごく悲しかった。
姉が病気になった時は
とても親身になっていて初めて父を”父親“として認識できた。
なのに、わたしには温かい言葉をかけてくれるわけでもなく。
姉は
昔からやりたい放題だったので
よく両親に叱られていたけど、その分、気にかけてもらっていた。
わたしは
理不尽に父に殴られた事はあっても
迷惑をかけて叱られることはほとんどなかった。
わたしも父に心配してもらいたかった。
姉の時のように
「お父さんがなんとかするから」
と声を掛けてほしかった。
父の言葉を聞いてからは
”自分の事は自分で何とかするしかない”
と昔から得意の諦めと開き直りで生きようと決めた。
そしてその考え方がよかったのか、
その頃仕事を変え環境がよかったのか
少しずつ良くなり始め、しばらくして息子を妊娠。
それを機に、母親になるのに
こんな気持ちを引きずっていてはいけない。
そこから家族に対する気持ちも変化し始めた。
父、母、姉それぞれにネガティブな感情は残りつつも
全ての不幸が自分のせいとまでは思わなくなった。
そして、いつも厳しかった母に感謝している事は
膝の上で抱きしめてくれた事。
きっと、その思い出がなければ
わたしの母に対する気持ちは
産まれてきてごめんなさい
から
家に縛り付けられていた事での憎悪に変わっていたかもしれない。
そして嬉しかった気持ちが残っているから今、
息子にも同じことをしてあげられていると思う。
無価値な自分からの変化
その後、前ほど落ち込むことはなくなったが、
息子を出産して何でも自分でやってしまったりわたしよりも要領良くやっている夫を見ていると、
「わたしがいなくて息子と二人で楽しく生活していけるんだろうな」
幼少期の環境のせいなのか、
自己肯定感が上がることはなく自分は無価値な存在だ
と思っていた。
そして出産後
職場復帰して職場の人間関係に悩んでいた時
インスタグラムで高校の同級生のえはらさきさんが
LMC協会といういところで活動して
「内面ホリホリしてお悩み解決しよう」
と投稿しているのをみてセッションをお願いしました。
最初は職場の悩みについてのセッションをしてもらうことが多かったけど、
セッションを受けるうちに悩みに関してグルグルしていただけの思考が
「自分で解決策を見つけるぞ!」
に変化。
同僚との愚痴や悩みの言い合い、第三者からの
”アドバイス”
とは違い自分に向き合うから行動まで移せる事に感動。
わたしもそれを誰かに提供したいという思いからTW養成講座を受講。
そこで始まったこの{ライフミッションストーリー}の作成。
自分の幼少期から今までを振り返る中で
上っ面じゃなく家族に対するネガティブな気持ち、誰かに聞いてもらった事ない。
職場でもいつも明るいサバサバした大西さんって思われてた。
それがわたしだから言っちゃいけないって思ってた。
でもLMC協会は
それを全部吐き出していいよ!!
癒して進んで行こうよ!!
仲間が聞くよーー!!
大丈夫!!
力強く講師始め仲間が言ってくれました。
今までみんな多かれ少なかれ
幼少期の辛い経験はあるから
わざわざ言うことないと蓋をしていた気持ちを吐き出せるのは
”安心・安全・ポジティブな場”だからこそ。
これを書きながら、そして仲間に聞いてもらう事で癒されているなと実感。
そしてこの{ライフミッションストーリー}を書きながら
わたしの経験を活かして人に伝えられることはなんだろう?
そう!!
みんな多かれ少なかれ幼少期の辛い経験がある。
そして
わたしのビジョンは
【過去の辛い経験を癒して
自分を大切にして自分の人生を生きている人がたくさんいる世界】
過去の辛い経験の癒しをお手伝いしたい。
時には話を聞くだけでも、内面ホリホリで癒していくのも。
存在するだけで価値があるんだよ!!
そして
「その経験を自分のプラスに変えて、活かして
せっかく産まれてきたんだもん。楽しく生きなきゃ!!と思える人を増やしていく。」
これがわたしのライフミッションです。
私をおすすめする3つの理由
- 20年の接客業で培った笑顔と傾聴力。お客様が求めているものを察知し、一人ひとりにあった傾聴、話し方で安心して話て頂ける場を作ります。
- 自己肯定感が低かった過去。全てを開示し癒され自分を認められるようになったを実感しているので、お客様のお悩みや辛さに寄り添い、心から共感することが出来ます
- とにかく明るい!話しているとどんどん言葉がでてきて沢山話したくなる!とよく言われます。 言語化出来ていなくても、自分の思いを断片的にでも話して頂けるように寄り添ってサポートをします。
このようなお悩みはありませんか?
- 長年同じ悩みで思考がグルグルしてスッキリしない
- 自分の思いは明確なのに誰かに話して否定されるのが怖い
- 今の現状を変えたいけど、何をどうしたらいいかが分からない
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1Day講座を受けるとこうなります
- 悩みの解決に向けた行動が明確になり思考がスッキリ
- 安心・安全・ポジティブな場なので否定されることなく自分の思いに対して素直になれる
- 自分の本当の気持ちに気付き何がやりたいのか明確なる
- 自己肯定感が上がり、自分の人生を生きる勇気が出る
- 自分を大切にする事で、家族も笑顔になれる
- カードセッションのやり方が分かり、セルフコーチングで常に安定した状態をキープ出来る
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