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自分を否定して、「でも」「だって」「どうせ」と人生を諦めていませんか?

それなのに、「もっとパートナーがこうだったら」「もっと周りがこうだったら」と幸せを人任せにしていませんか?

私は、ずっとそうでした。

理想が高いのに自信がなくて動けなくて、モヤモヤを家族にぶつけるヒステリック妻でイライラママでした。離婚を切り出されるくらい。

そんな私が、自分の気持ちに気づき、自分で人生を決められるようになり、日々を楽しみながらやりたいことに挑戦できるようになるまでのストーリーです。

 

自分らしさを出せなくなっていった学校


奈良県で生まれ育った私は、絵を描くのが好きで自分の世界観がある子どもでした。

おままごとよりレンジャーごっこ、流行りのドラマや音楽よりも好きな漫画やゲーム。

地球環境を良くしたいなんて壮大な夢もありました。

幼い頃は明るくて活発でしたが、小中と上がるにつれ自分らしさを出せなくなっていきました。

小学校では幼馴染の男の子との仲を冷やかされてうんざり、嘘の噂や人をからかう空気が嫌で、「恋愛なんてしない」「友達に弱みを見せたくない」と思うようになります。

それでも好きなことも楽しいこともあり、学級委員長も経験しましたが、事件が起こります。

小3のとき、あることがきっかけでMちゃんと毎週遊ぶ約束をしてしまいました。

「毎週」が少しずつ苦痛になり…3学期は嘘をついて遊びませんでした。

そして春休みにMちゃんが事故で亡くなりました。誰にも心の内を話せず、お葬式ではクラスを代表してお別れの手紙を読みましたが、Mちゃんに申し訳なさでいっぱいでした。

「死んでから悲しむくらいなら、人を嫌いになったらあかん」。

そう思うようになり、何があっても「この人が死んだら悲しいかもしれない」と考えてしまい、嫌だったり悲しい気持ちに蓋をして「そう思う自分が悪い」と我慢するようになっていきました。

高学年になると友達に裏切られ急に男子から陰口を言われるようになり、中学では派手めの子たちに外見を笑われ「名前は可愛いのにクスクス」と聞こえてからは好きだった名前もコンプレックスになりました。

「眼鏡の可愛くない方」と言われたり、犯人の分からない嫌がらせを受けたり…学校に行くと自分らしくいられませんでした。

マンガ好きの友達とならいくらでも語れるオタクな私は「普通」の雑談がわからず、クラスに馴染めているかも不安でした。

弱い自分を知られたくなくて、友だちには強がってばかりで誰かに相談することはできなかった私は、たまたま勉強と相性が良く、特に英語はやればやるほど伸びました。偏差値というハリボテの自信はつき、勉強をがんばれば明るい未来が待っているはず、こんな場所から早く離れたいと思うようになります。

4人きょうだいの長子で長女

 

家では、充実した学校生活を送っている風に装っていました。四人きょうだいの長女で、3人の弟たち。上の弟が起こす問題に母が涙するのを見て心配をかけたくなかったのです。

3世代の同居で肩身が狭くも母は家族のために走り回っていました。家業を継いでいた父と顔を合わす時間は短く、たまの外食が楽しみでした。父は身内にはキツかったですが、反抗は悪いことだと思ってしませんでした。

中3のときに家が建て替えられ、祖父母と一緒に食事をするようになると、母への嫌味、勉強ができない弟への説教を聞かされるのが苦痛で、ますます外の世界に出ていきたいと思うようになりました。

同時に、自分は何も言われないように成績で武装するのに必死でした。高校受験に差し掛かると勉強にのめり込み、偏差値が物差しに。好きだったことは「役に立たない」もののように感じられ、興味が消えていきました。

やっと中学を卒業できたのに、高校のクラスメイトと何を話していいのかわからない。

眼鏡からコンタクトデビューしようとするも、漫画みたいに「眼鏡を外せば美少女!」なんてことなくハッキリ見えた自分の顔にショックを受け眼鏡に逆戻り。

素の自分に自信がなく、せめて優等生として存在を認めてもらおうとテスト勉強をがんばっていました。外国語科だったので、国際交流には積極的に参加。ホームステイや、留学生のホストファミリーも経験しました。ただ、やっぱり、日本文化の紹介はできても自分のことを話すのは苦手でした。

 

彼氏依存と極端なダイエット生活


東京の大学に合格し、ワクワクしたのも束の間、帰国子女や留学生に囲まれた英語での授業はハードでした。勉強では評価されず目標も見失っていたとき、はじめて彼氏ができました。難しいことを考えずに済む関係に依存して彼氏が最優先になりました。価値観が合わなくても、このままでは良くないと思いながらも「こんな私を好きになってくれたから」と別れられませんでした。

容姿を気にして極端なダイエットを始めたのもこの頃でした。サラダと豆腐だけの生活で、1ヶ月で4kg痩せたことを皮切りに、物差しが偏差値から体重になりました。リバウンドが怖くて普通の食事に戻せず、一日に何度も体重計に乗ったり、食品のカロリーを必ずチェックしていました。生理も止まり、あばら骨が浮いていましたが、痩せていることと彼氏がいることがこの頃のステータスでした。

母の愛に触れて再起

学部の決まりで留学したもののコミュニケーションに自信が持てず色々挑戦しきれないまま終わり、就活前になって、学生生活で何もしてこなかった後悔からどんどんネガティブに。

家族と真剣な話をしたことがなかったのですが、帰省した際に、ガリガリで元気のない私が初めて不安を母に打ち明けると、「東京もドイツも心配やったけど夢に向かってキラキラ輝いてほしいと送り出してん。でも、元気でいてくれるだけでいいんやで」と言ってもらえ、母の深い愛情に気づき立ち直ることができました。

子どもの頃は環境や食料問題にも関心があったことから農業にたどり着き、学部を超えてゼミに参加し、農業系サークルに入ると他大生や社会人との出会いが増え、世界がどんどん広がりました。

農作業後にいただく手料理がおいしくて、太る怖さもなく心から味わうことができ、農業や食の大切さをブログで発信する日々が楽しく、当時の彼とは価値観の違いにやっと別れを選ぶことができました。

この頃、飛び込んだゼミで出会ったのが夫でした。性格は正反対でしたが、共通の洋楽ロックバンドのファンで意気投合。初めて素の私を出せた人で、好きなものを共有できる喜び、ポジティブさに惹かれ付き合い始めました。相変わらず恋人に依存的な部分はありましたが、この頃は私にも夢や目標がありがんばれていました。

就職、母の難病、挫折


やりたいことが見つかるとトントン拍子で内定。卒業後は、農業専門紙の記者として、現場の声を届けたい!という思いで、全国を飛び回りました。

特に女性の活躍を取材する機会が多く、生き様や考え方に感銘を受ける日々。

相変わらずコミュニケーションに自信が持てませんでしたが、お酒が入ると話せた私は、所属部署の先輩や上司に飲みに連れて行ってもらっては熱い想いを語り合っていました。

入社した年の冬、母の難病が判明しました。そんなことになって母の苦労と有難みにやっと気づき、東京で仕事を続けていいのか悩みました。

仕事では新人賞をいただき、「お前、面白そうだな」と特別取材班にも選ばれました。

それとは対照的に、男性への取材が増えると外見コンプレックスから自信の無さが悪化し、食べることがますます不安定に。

新聞一面に載る連載を埋めないといけない仕事のプレッシャーが大きくなっても、評価が下がることを恐れて周りを頼れず悩みを抱え込んでいきました。

徐々に眠れなくなり、カウンセリングに通って薬を飲んでも気持ち悪くなるだけ。

そこに、デスクに逆らえず取材相手の想いを曲げたことや先輩からのセクハラが重なり、ある日カラダが石のように重く感じ起き上がれなくなりました。

こんな私に価値はない。いつしか過食に振り切り、絶望感を紛らわすために過食しては自分を責めました。

名古屋に就職していた夫が同棲を提案してくれ、逃げるように会社を辞めました。

私にはもう夫しかいない。自身が農業で癒されたように農業セラピーを考えたり、地方での暮らしに憧れもありましたが、夫から離れるのが怖くて行動に移せませんでした。

母の病状は寛解に近づき「結婚したら安心させてあげられるかな」と考えました。

結婚して得たはず幸せと産後クライシス


そして結婚して幸せになれたと思いました。マッサージのアルバイトをいくつか掛け持ちした後、事務のパートを始めました。

一方、大学卒業→良い給料の会社というレールから外れた自分は「ダメ人間だ」という意識がずっとあり、正社員になれたのに大企業勤めや起業家の友達と比べては情けなくなりました。

問題児だった上の弟はフリーターを経て、夢を見つけソーシャルワーカーとして活躍。

私の青春を費やした英語はさびつき、家庭的なことは苦手で主婦としても自信がありませんでした。

 

それでも、夫さえいれば良かったはずなのに産後、夫に無性に腹が立つようになりました。

激務ながら夫は協力的でしたが生活リズムのすれ違いから会話が減り、私は気持ちを素直に表現できず、偉そうにキツく当たるようになりました。

最初はホルモンバランスの乱れや疲れ、ワンオペ育児のプレッシャーだったのかもしれませんが、イライラに呑み込まれてしまいました。

子育て経験豊富な母に頼りたい気持ちはありましたが、県外の実家に乳飲み子を連れて気軽には帰れず、母も祖父の介護で忙しく、帰省しても祖母に「旦那さん放ったらかして大丈夫?」と心配されるのが苦痛でした。

 

好きだったことに興味が持てなくなり、リフレッシュできず自分を追い込むことばかりしていました。

産後8ヶ月で職場復帰し、仕事のコンプレックスを埋めようと、子育てサークルの運営にも参加しました。

母のように自分を犠牲にする母親にならなくてはと思いながら、「何かやらねば」という焦りばかりで自己嫌悪。

バリキャリの友達も、子育てに専念している友達も、パートだからと割り切って両立させてるパートさんも、どれも羨ましくて、でもどれが正解かわからなくて、なんとなく仕事と子育てと家事に追われて何もかも中途半端。

2歳差で娘が産まれてから、聞き分けの良かった上の息子が赤ちゃん返りし、私の思うようにしてくれないと可愛い息子に手を挙げ、怒鳴りつけ、イライラをコントロールできなくなりました。 

このままでは息子が親の顔色をうかがう子、私みたいな自己肯定感が低い人になってしまう、イライラするのをやめたい、こんなの虐待だ、と泣いて夫に相談しても、夫はその場では心配するけど行動を変えてくれませんでした。

それまで何でも助けてくれたのに。

夫に結婚してもらい、私が子どもを望んだんだから仕方ないのかな、でも二人の子どもなのに。

つわりのしんどさや産後の回復の遅さは想定外だったけど、私は全部引き受けているのに。。小さな不満がちり積もり、恨み辛みへと変わっていきました。



新婚の頃は絶対に言わないと思っていた、旦那の愚痴大会に参加している自分。

本当は好きで、前みたいに夫と仲良くなりたいのに、辛いことばかり思い出して素直になれない・・・。

「夫婦は鏡」というように、私の冷たい態度に応えるように夫も冷たくなっていきました。

 


「このまま一生イライラ、モヤモヤしてるのかな。結婚して子どもいるのにどうして幸せじゃないんだろう」。

どんどん嫌な奴になっていく自分を止められず、ますます自分が嫌いになり、誰かに変えてほしくて、誰かに代わりに生きてほしかったです。


そんな矢先、妊娠が判明。私は喜びましたが、夫は違いました。そして、泣く泣く諦めました。

赤ちゃんに申し訳ない、成長しなければと、子育てサークルのリーダーや家庭菜園に挑戦し、仕事は事務なのに百貨店との商談を任され胃がキリキリ。

半年以上経ったある日、私の葛藤を夫に話すと、「あのとき納得してくれたと思ってた」と。

そこから、蓋をしていた後悔や悲しみ、夫にとっては済んだことになっていたことへの怒りが溢れてきて、ヒステリーがひどくなりました。

どうして夫はわかってくれないの?理解されたくて、顔を合わせれば私の主張ばかりして、疲れ果てた夫から離婚を切り出されました。

 

キャリアも幸せな家庭も築けなかった。また親に心配をかける。

落ち込む中、夫のカードローンが発覚。将来を思い描けないストレスからの散財でした。

そこまで夫を追い詰めていたことを反省し、私が離れなければと思いました。

でも、良いお父さんであり続けてほしくて、私がまず精神的に自立して穏やかな関係を築くことを目指すようになりました。

自立を目指す中で出会ったLMC®協会


自分を変えるために4時起きして日記や自己啓発、プログラミング、筋トレに取り組む姿に夫も一度は思いとどまってくれましたが、コロナ禍で再びぶつかることが増えると「転職して東京に戻る。別居してほしい」と言われると、不安で辛かった産後の記憶が蘇っては感情的になりました。

そんなときに出会ったのがLMC協会のカードコーチングでした。

体験セッションでは最初は「答えを教えてもらえる」という依存的な態度でしたが、アドバイスがないことに「解決するのは私なんだ」と気づかされ、さらに奥村佳央講師が、私以上に私のことを信じてくれて、一歩踏み出せた感覚があったのです。

「安心・安心・ポジティブな場」こそ求めていたものだと思うと同時に、私は家族に対して全然作れていなかったことを反省しました。

夫には「安心・安全・ポジティブ」を要求していたのに、、、。

継続セッションを通じて、自分を大切に扱う方法とネガティブな感情の扱い方を学ぶと、5歳になった息子が「おかあさん、やさしくなったね」と言ってくれました。

パートナーシップの1Day講座では、幸せを夫任せにしてしまっていたことに気づきました。

そして、コーチングをきっかけに「人生を諦めたくない」思いに気づき、人生をかけてやりたいことを見つける3ヶ月講座(TW)の受講を決めました。

安全・安心・ポジティブな場で、情けない姿ももがく姿もさらしながら応援してもらうことで人の優しさを受け取れるようになり、前向きな考え方がインストールされ、過去の傷ついた記憶を認め吐き出せたことで癒され、漠然とした不安が根拠のない自信へと変わっていました。

自分を抑えつけていた、たくさんの思い込みが外されていきました。私はやりたいことがたくさんある人間だったんだった。

TWに夢中になると、日常の細かいことが気にならなくなり、夫に家事・育児を素直にお願いでき、感謝を伝えられるようになりました。

TWで夫への色んな想いを吐き出すとスッキリして、夫の転職活動を応援できるようになっていました。

TW修了と同時に別居が始まりましたが、お父さんでいてくれて、あのときお互いを憎み合って別れなくて良かったと心から思います(現在については最後をお読みくださいね)。

 

別居してワンオペなのに、子育ては以前より楽しくなりました。

「ぼく、お母さんがいいんだよね、だって、大好きだから」と、理由もなく私を好きでいてくれる存在に感謝し、一緒にいてくれる時間を大切にしようとあらためて思いました。手遅れになる前に、気づけて心から良かったです。

 

自分をまるっと受け入れられた


学歴、キャリア、収入、家庭・・・何を手に入れても、人と比べて自分を満たせず、もっているものを認められず、自分で壊してしまいました。

人にも環境にも恵まれていたのに私が過去を引きずり、人の思いやりや優しさを受け取れず自分を否定していました。 

自分の在り方次第で、幸せは決まる。

幸せにしてもらうことばかり望んでいましたが、まず私が自分を満たして人生を舵取りしていくことが大切で、それができてこそ周りといい関係が築けることを身を持って学びました。


「お母さんが笑顔だと家族みんな幸せ」っていうフレーズが大嫌いだったんですが、悔しいけどその通りでした・・・・!

でも、お母さんにのしかかるプレッシャーとか役割が大きすぎると思います。

お母さんが、もっと自分の価値観を大切にできる風に過ごしてほしい。

やっぱり、女性が自分らしく生きれることって大切なんだなって思います。


私自身、振り返ると、やりたいことに夢中なときが一番輝いていました。ただ評価を人一倍恐れ、自分をよく見せなきゃとして苦しかったのです。以前なら私1人ではできないし仲間も作れない、失敗したら恥ずかしい…と諦めていましたが、今は等身大でやってみよう、困ったら誰かを頼ろうと思えます。

また環境や食のことも取り組みたいし、自己肯定感が低い人のお手伝いがしたい、産後のパートナーシップや子育てのイライラに苦しむ人を救いたい。 

そして、私自身がご機嫌なお母さんになりたい。子どもに生き様を示したい。

私は「安心・安全・ポジティブな場」で、本心を語ることで自分を取り戻せました。
 
自分を抑えることや自分に呪いをかけることにエネルギーを使って人生を諦めるのって勿体ない!そのエネルギーを前向きなエネルギーに転換できれば、人生を楽しめる人が増えて社会の活気も増すと思います。自分が変われば見えてくる世界がガラッと変わります。

だから私は、安心・安全・ポジティブな場を作り、カードセッションを通じて【でも、だって、どうせ】を【できるかも、大丈夫、どうにかなる】に変え、その人が人生の主人公として、やりたいことに挑戦していけるお手伝いをしていきます。

そして、周りのせいにしたり、依存したり、自分らしい人生を諦める人をなくしていきたいです。

自分の気持ちに気づき、自分で人生を決めていくことが幸せの鍵だから。

 

別居開始から、半年。家族の在り方に少し変化がありました。


2021年1月に始まった別居。

私が住んでいるのは地元もではなく、ここでワンオペ育児を続けることに不安がありました。

年長になった息子が小学校に上がるタイミングで実家に帰るのか、留まるのか

悩んでいることを夫に打ち明けたところ、

なんと、夫の暮らしている場所で家族4人で暮らすという話になりました。

「もえさんが変わってきたし、俺も考え方がちょっと変わってきたから」と。

離れても子ども達のことを気にかけてくれていたこと、私の変化を見ていてくれたことにとても感謝しています。

そしてこれは、ライフミッションコーチ®協会の講座という環境と、そこで出会えた仲間のおかげです。

挑戦し続けられる環境があるからこそ、自分に夢中で生きられ、変化し続けることができています。

 

もしあなたが今、

自信がなくて何も身動きが取れなかったり、モヤモヤやイライラでいっぱいだったりして、でも、本当はどうにかしたいと1mmでも思っていたら力になりたいです。

人は変われます、自分らしさを取り戻せます!

あなたの一歩を応援しています♡

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