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私のライフミッションストーリーをざっくりとご紹介いたしますね。

始めに・・
私は、両親、姉、私の4人家族のごく一般家庭で育ちました。

野球大好きな父
草野球チームにいた父親にいつも付いていき、沢山の大人に囲まれ優しく接してくれて、それは今でも大きく影響し、私の感謝の気持ちに大きく直結していくことになりました。反面、しきたりや周囲の目を気にする厳しい父でもありました。

父親の影響か、私は人見知りなく人懐っこい性格でした。姉は全く正反対の人見知り。
姉には幼少期の頃から私のやることに対し『バーカ』ずっと言われ続けてきました。
楽しく遊んだ記憶もほぼありません。この言葉が後に、大きな心の問題を引き起こすことになります。『バーカ』『だからだめなんだ』

 

 

活発・好きなことは負けず嫌い・心荒んだ学生生活


基本的に勉強嫌いな私は、運動だけは常に1番を取り続けてました。負けたくなかった。
小学校では、体育の科目は全て制覇し、リレーは常に一番とり続け、野球では表彰をされるくらい。しかし、褒められた記憶もなくモヤモヤ してました。とにかく遊ぶことが好きで、塾をさぼり、よく叱られる子供でした。

中学時代はバレーボール部でも身長が低くやりたいポジションにつかせてもらうために、垂直跳びで部の1番を取り、やりたいポジションを獲得しました。引退間近、レギュラーに疲れ、ポイントゲッターを申請し、ベンチに入ることに。思いどおりでした。

高校時代は、負けたくないが強く違う方向へ。喧嘩や問題ばかりを起こす方向に・・
当時、『クズ・開校以来の最悪世代』と言われ私は・・学校もろくに行かず当然成績はビリ。
同じ学校に居た姉は、成績トップクラス。先生には、いつも比較され続け余計に荒れるばかりの学生生活に、しかも周りにいた沢山の仲間も私が喧嘩に負け、一気にいなくなりました。

人間不信の始まり
であり、人は力が全てだとその時思いました。つまらなくなり学校をやめようと親に言うほどでした。単独で行動し、進級危機、両親学校呼び出し、職員室での暴れ、それでも何とか卒業することはできました。

 

 

 

大人の階段と変容変化


大学には進学せず、就職の道へ進みました。働いてお金を家に入れよう。そう考えていました。そして社会人としてスタートし、後から入る大卒に対し、ここでも負けないを主張。仕事そのものは一生懸命働いてました。

働き、仕事・人間関係が順調に進んでいたころ、ある事件を起こしました。友達の車でクラッシュしてしまったのです。当然、修理を行いましたがそのあと、別の仲間が同じようにクラッシュし、初めに事故を起こした私のせいになり、車一台の請求され借金をせおことに。はめられました。長く付き合っていた仲間だけに、ショックでした。

それ以降、その仲間とは会わなくし縁を切ることに。人間不信が強くなりました。
そして、借金返済の為、夜も仕事を始め睡眠不足で、勤務態度もひどくなってしまい、その社内にいた仲の良い先輩も、新しく来たリーダーにたぶらかされ、離れてしまいました。人生初めての負の連鎖・・こういうのは続くのだなと、痛感しました。そして、会社が海外移転に伴い退職することになりました。

 

 

不安と親の理想人生を選択


そして、2社、3社と転職を重ねてきました。
当時まだ20代前半、今でこそ言われてますブラックや、パワハラと悪いことも、当然良いことも体験してまいりました。

ただ正直、将来に不安が目覚めだしました。そして、続かない私を親は心配 するようになってきました。当然ですよね。学生生活からこの状態では・・私には両親に対し、負い目を感じる 様になってきました。

そんな中4社目に入社しました。しかし、これは私の意志ではなかったのです。上手くいかない私を親が決め、やらせるように。しかし、私が従えば安心してくれるだろう。無意識のうちに、私は自分の人生ではなく親の思う人生 を生きていくことを選択したのです。

 

 

新たな発見・絶望への序章


私は、一生懸命働きました。
負けない、1番になる、この思いで喰らいつき、入社後半年で支店でトップになる事が出来ました。

同時に生き甲斐となるゴルフ に出会うことになります。『ゴルフは人生そのもの』そう思い、『ゴルフを教える仕事につけたら・・』当時26歳 叶わぬ夢と思いながら抱き始めました。

本当にやりたいと思う夢を見つけたのです。そして社長からも気に入られ、個人的に食事をごちそうになるほどでした。走りだし上昇している頃、ある上司から『お前は前に出過ぎだ。周りに合わせろ』いわゆる、ダントツのトップで目立つという事が良くなかったのでしょうか?

正直意味が分かりませんでした。しかし、それがこの会社のやり方であればと従い、そこから私の自分色は薄くなっていき、成績もどんどん下がり始めました。その頃、支店長が変わり、私の人生は急落し始めました。意見が合わず、大声で言い合いが始まり、机をたたくなどの状態にまでなっていきました。そして私の人生最大の挫折を味わう事が待っていました。

 

 

絶望・ネガティブの頂点、選択肢0


私の了承なく、本社で私はその支店長に転勤を命じられることになりました。当然反抗しましたが、『会社命令に従えないと、居場所はなくなる』こう言われ、私は受けざるをえませんでした。親の心配が第一に先行していたからです。それでも新天地で頑張ろう!!

自分に嘘をつき挑みましたが環境としては、腑に落ちない受け入れでした。そして、薄皮一枚の嘘の自分では当然うまくいくわけがなく、どんどん居場所を失っていくことになりました。意見を言えば否定され、黙ってれば怒られ、相談すれば必ず支店長の耳に話が流れ、愚痴を言えば支店長の耳に流れ怒鳴られ・・まさに鳥かご状態になり精神的に不安定になり、誰も信用できなくなり、遅刻をするようになってしまいました。そのうち、『お前病気じゃないのか?』と言われ相談センターへ電話をすると、病院を紹介されるほどに。それを報告すると・・

『お前はそれを認めるのか?』と怒鳴られ、それを家族に相談すると、『逃げの口実、そんなわけない、』私には相談相手も、悩みを吐き出す場所もなくそんな中、新たな借金をしていたことも告白し、また家族からも怒られることに。もう私の存在が承認されてない・・

なんで、生まれてきたんだろう。私が居なくても誰も悲しまないし存在価値はない

気付けば社宅の屋上に足を運んでました。上から見下ろす地面を見て『落ちたら痛いだろうな』そう思った瞬間我に戻りました。
会社ではこの私の色の無い姿に、再度転勤を命じられ、戻ることになりました。

 

 

暗闇にさす光の筋


私は、転勤先から戻り待ち受けていたのは、『落ち武者、負け犬』この対応でした。支店長からも人事評価を下げられ、給料もボーナスも最低にされ暗闇の屈辱を受けて、転勤から人生最大の転落を経験し、更にそのまま成果なく戻ればこの扱い・・・人と触れ合い笑顔で過ごしたい・・
ただそう思っていた私には本当に他人に対する不信感は強くなっていきました。

そんな時、同僚の一言が私の人生に光を与えてくれました。
『周囲がどう言おうと、俺は賛同するよ。周囲も俺もみんなが違うと思えばちゃんと言うし、10人中10人が批判なら考え、10人中1人、2人でも賛同するなら進むべき。』自分を取り戻した瞬間でした。

そう、私は親の考え・親の為に生きて来ていたのです。

 

 

自分の選択


そして、私はこの会社に自分の将来はないと判断し転職をすることに。好きなゴルフの仕事に就きたいと父親に告白しました。『業界の状況は良いとは思わないが、やってみろ。お前の人生だし、自分の自由にすると良い。もう押し付けるようなことも言わない』5時間も父親と分かち合いました。ビックリですよね。もっと話せばよかったと今本当に思います。当時40歳でした。

 

 

上昇気流に乗った私に乱気流


そして、父親からも認めてもらった転職で活発的に行動をしその私の表情を見ていた父親は『生き生きした表情になった。転職して良かった』 こう母親に言ってたそうです。その父が、私が上昇し始めた頃、父親のあまりに突然の死・・・あの時の分かち合いが最初で最後になってしまいました。

今こうして掘り起こすだけで本当に悲しくなります。荒れた自分、転落した自分の人生以外何も見せられなかった。 しかし私は、ここから自分の思う道を進み成功しよう。『やらなきゃ!』実現できれば安心してくれるかな?心でそう思いました。

この頃、心の重要性にうっすら気付き始めたのです。

 

 

夢を掴むが、まさかの転職?大きい得たもの。


上昇し始め、集客来場者数も前代未聞の記録を打ち出しました。さらに上昇するために、夢に抱き続けていた『プロのライセンス』を得るチャンスをつかみ、ライセンスを取得。ゴルフを教える仕事に一歩手前までたどり着きました。そして、その功績の先に待っていたのは、・・上司のパワハラでした。『なぜ、上昇する部下を上司が抑えるのか?』そして、『あの人に怒られないように仕事すればいい。』こんな言葉も聞こえました。

職場環境が本当に重要だと知りました。
結果的に、私は、またしても転職することになりました。

その当時ゴルフインストラクターのお話、ビジネス新規事業の2択でした。
当然、夢を実現するインストラクターの道を選択・・しませんでした(笑)

現実が先、心が後
だったんです。初めは『新規事業で成功し、お金を沢山得てからでも夢はあとで良い』親の心配を解放出来る!現実が先 でした。そして、またしても自分の思いを抑え、新規事業に希望を持ち進みました。

 

 

 

人生が変わる出会い・心の蓋


新規事業も当初のスタートから数カ月遅れ、始まらない状態になってしまいました。職場で浮き始めた頃、偶然フェイスブックで繋がっていたLMC協会 叶代表より『夏祭り来てくださいよ~』がきっかけで参加することに。軽いノリでした。

そして到着すると、なんと!女性9.6割!!ちょっと焦りましたがその理由がわかりました。女性が幸せに働く、がコンセプトだった。しかし、異性である私でさえこんなに安心できる場所を感じたことがなかったんです。

皆さんが キラキラ輝き大きな夢を語る のです。傾聴していた私がワクワクしました。(笑)そして、会社に戻り社長に報告、『すごいです!女性が壮大な夢を沢山の人の前で語るんです!』こう報告したのを覚えてます。そう、夢を語り応援し合う承認の場 だったんです。あこがれました。

とても安心感のある場所を見つけ、そして今度は、私の大事な友達から『新しい仕事の加速付けるなら紹介できる場所があるよ』と行ったのが、現在も所属の『パッションリーダーズ』でした。代表理事のお話を聞くや、すぐに入会すると思うほどの情熱と夢、かっこいい!そして、スター経営者の講演を沢山聞き、私はあこがれが芽生え、『私の人生が変われる、いや、変わりたい』この時に、心の蓋を気づかせてくれた講演家、株式会社てっぺん 代表 大嶋啓介さん でした。(今、私が目指すあこがれの方です。)

この機会は、今思うと引き寄せだと思ってました。(講演中、ずっと泣いていました)
『自分で無理と言って心に蓋している大人がほとんどだ。それは、可能性に蓋をしているのと同じである。』とても心に響きました。

 

 

希望の喪失・掴んだ夢人生


これだけ素晴らしい引き寄せをしながらも、
結局、新規事業はスタートせず路頭に迷うことになりました。結局、何も進まなかった私は孤立してしまい退職を考えました。

私は何がしたいんだ?

そう考えた時、やはりゴルフの夢 でした。思いを社長へ打ち明け、初めて自分で夢を進む道を決めた 気がしました。

そして、会社を辞める時期も決め、LMCクリスマスパーティーへ。やはり『落ち着く、なぜだ?そして楽しいし、皆さん私の話聴いてくれる。なんか変だ』正直そう思いました。(LMCの先輩方、変な意味じゃないですよ)気付いたのは、心が癒される。 私のやろうとしていることがこの環境に感じたのです。

そう、心なんです。

そして『心の癒しと技術の向上』のコンセプトが生まれたのです。色々な経験を出来た私が、同じように諦めたりしてないか?そんな人をゴルフ通じて勇気づけ出来たらと言う気持ちと自分が求める環境作りの思いがありました。よし、やろう!!しかし、スクールは4か所面接落ちました。なぜなら、自分のやりたい思いが強すぎ、組織では危険分子扱いだったからです。そこで、今のスタジオのオーナーから声が掛かるのです。

フリーランスというスタイルでレッスン活動しながら勉強する、私の脳内には、何か勉強をする姿もしっかり写ってました。
長く思い続けた夢が、ここで実現するのです。

 

 

まさかの足踏み・変わりたい一心


人脈構築は整っている。
学ぶ環境はある。知識もだいぶついてきた。

しかし外的武器はそろっているが
何か足りない。何故か不安がある。

そう感じた時に、叶代表のメルマガを読み、何故?私に言っているのか?どうしてそれがわかったの?心にストレートに伝わってきたのを覚えてます。そして、金銭的な問題もある中でも、私は迷うなら動こうと決心しました。そう、心が先に動いた のです。
これが、本当の気持ち『やりたい』 という素直な気持ちなんです。

 

 

進化への新たな第一歩


それが、トゥインクルスター養成講座 でした。認定講師になって、ゴルフをしていない方にも勇気づけよう。私の目指す心の癒しが実現できると。そして、私の不安な何かを発見できるのでは?自己成長には欠かせない、そう言った期待を胸に受講を決意。

以前から聞いていた、『安心・安全・ポジティブな場』『梅ライス』『内面ホリホリ』の本当の意味を知り、そして、弱みを認め、素直に学び素直に伝える。 とてもかっこ悪いと思っていたことが、一番重要だったのです。すなわち、
『いらないプライドを捨てる事』

今まで生きて来て、私の動きを妨げていた心のブレーキを解除できるようになりました。それは、本来の素直な自分に気付き思いを伝える事。 かっこ悪いの先にあるもの・・・そうです。『すごい』『かっこいい』なんです。

 

 

長年の因果崩壊・応援の風


受講1か月目で『素直な思いを自己言語化し伝える』学んだことを恐れながらも実践。

親との分かち合いが出来た事で環境も変わり、自分らしさがこんなに大切なのか
と言う事を実感しております。今では、私を支援してくれる1番の心のサポータ です。外的要素が輝くには、内的要素を整える事。もっと早く気付きたかった。

 

 

本当の心の蓋の根源・気付かせてくれたヒーリングコード®


ここまで来るとあとは、成功をするのみ。そして、その中にヒーリングコード® という新しい学びもありました。このヒーリングコード、過去にあった自分の気付かない古い細胞記憶、行動できない心の傷や、嫌な経験、すなわち『恐れ』 を発見し癒していくエネルギー療法という日本にはまだない事を行い、次々に嫌な経験・体験を解決していくのです。

私は何かの違和感を感じたのです。まだ何か引っかかる。

 

 

心の傷・新たな気付きと心の解放


そうなんです。
文頭にあった『バーカ、だからだめなんだ』 これが一番の原因でした。

あるきっかけから姉と口論になり、やはりこの言葉が出てきたときにずっとモヤモヤが消えませんでした。

もしや?自分の過去をヒーリングコード® でさかのぼっていくと、この言葉が、自分の中でトラウマになっており、まともに受けていたのです。そして、自分の心の弱さを知り、長年我慢してきたことを自己言語化し伝えることが出来ました。そうすることで現在では、怖いくらい良い方向にしか考えられなくなっているのです。そうしていると、今度は、良いことがどんどん引き寄せられ、仕事が充実し始めるのです。

不思議なことに 恨む・憎しみなど全くなく爽やかな気分です。
むしろ、言葉の影響力、重要性を学ぶことが出来てラッキーくらいの気持ちです(笑)

 

 

自分の人生振り返り・自分の生き方、在り方


これも、LMCトゥインクルスター養成講座で心を学べ、さらには、ヒーリングコード®による古い細胞記憶を蘇らせられ、その記憶を癒されたのだと思っております。癒された細胞記憶は、心が整うことによって多くの気付きを感じることが出来るよう研ぎ澄まされるんです。

そうなると、すべての過去が私にとって感謝でしかないのです。親への感謝の気持ちがものすごく強くなり私は成功しなくてはいけない明確な理由があります。そして、私が幸せになる事が私の中での任務であり、 同じ思いをする方に、前を向いて進んでいいんだよ!そう伝え、沢山の方へ勇気や希望を与えられたら。価値のない人なんていない。

こうして自分を使い切る事。
皆様の太陽が『夢や希望』であるなら、私は『皆様の心に潤いを与える水になろう。』

 

 

目指す私のライフミッション


人の心が豊かになれば、輝く大人が増え、その大人を見て子供たちも夢や希望を持ち、安心・安全・ポジティブな場を広め、自殺・虐待やいじめ、動物殺処分、そして環境も変わると私は思っております。承認し合う世界を作らなくてはいけません。

人が変わればすべてが変わると思っており『人と動物と環境が優しく触れ合う世の中』になると信じ、明るい未来のひとかけらを作れたら、私の人生は悔いがないかもしれません。これが私のライフミッションだと思い進んでいきたいと思います。

 

 

一緒に新たなる挑戦しませんか?


あなたが『変わりたい』もしそう思いましたら、挑戦し続け一緒に変化しませんか?
そして、変化・成長を一緒に楽しみましょう。

失敗しても負けてもいいじゃないですか!
今までにない行動が必要です。心が決まれば行動に変わります。


ちなみに私の行動変化は、毎朝、家のトイレ掃除 を習慣にし始めました(笑)

これは、卓球の石川佳純選手の言葉です。
『新しい変化しか、成長の道はない』
これからは、多様化の時代です。

もう、1世代前のレールに敷かれた安全ルートはありません。
あなた本来の自分を取戻し、幸せに働く時代になってきました。
私は、それを発見できました。
どんどんチャレンジしていきます。命は有限、知識は無限、挑戦も無限です。

私をおすすめする3つの理由

このようなお悩みはありませんか?

1Day講座を受けるとこうなります

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講座開催情報

開催日時 開催地 講座名 講師 状況
2018年12月29日
14:00~18:00(4時間)
千葉県
千葉県松戸市 ☆本当の自分に気付く1day講座☆
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