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体験レポート

父にやってきた「奇跡」。世代間連鎖の傷は、本当の愛を感じると、こうして薄らいでいく・・・

Category : ヴィーナスの活動, 体験レポート, お知らせ, 養成講座, リアル日記・1Day開講までの道のり  Date : 2021年11月18日

こんにちは、
東京・オンラインで活動しています、

人柄ビジネスコンサルタント®️
ライフミッションファシリテーターの早瀬ゆかです^^

平日は管理職会社員、
休日と夜を利用して、

 

ライフミッション発掘のお手伝い(トゥインクルスター養成講座)

起業・副業したい方への ”情熱起業塾” の開講
(幸せ女性起業塾/あったかセールス養成講座)

情熱発信者になるお手伝い

 

の、活動をしています♡

 

 

 

 

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

私は、今週は少し、体調がダウンしていまして
様子を見て、少し大丈夫な時に書いております^^

皆さまも、ご自愛くださいね!!




無理して書く必要もなかったのですが、

この思いは、
もしかして、どなたかのお役に立つのでは・・・
と思って、

書かせていただきました。




多分に、個人的なことが含まれていますので、
ご興味ない方は、スルーしてくださいね。




~~~~




実は、
先日、早瀬家に奇跡が起こりました。



私の家は、
両親とも、その両親や家系的に、
複雑な環境で育ったので、

私に対しての愛情も、わかりやすい形でなかったことが、
私自身が大きくなるうえでも、
大きな影と影響を落とすことになったのですが。




*それはこちらにも書いています。
あ、続きを書けてなかった・・・
https://ameblo.jp/twilightexpress2018/entry-12632717115.html





両親の家系のことを聞くのは、
私にとってはタブーなところもあり、

それが小さいころは、
周りのお友達と違っていて、

「私の家っておかしいのかな?」
「おじいちゃんおばあちゃんはいるけど、なんか遠い感じ・・・」
「隠し事がおおい家なのかな・・・」

と思って過ごしたんですね。




早瀬1歳くらい?と父。



両方の実家が広島で、私は東京で育ったこともあり、
物理的にも遠くて、
住んでいた父の会社の社宅で、
お隣や二つ隣の年配の2組のご夫婦に、
まるで孫のように接していただいていたので、

自分の身内よりも、そのご夫婦のほうが、
祖父母のような感覚でもおりました。





父の家系は、
父が9歳のころに祖父母が離婚してから、
祖父と曾祖母の一族のいる場所に身を寄せたそうで、

そこから祖父が不安定になり、
比較的裕福だった家庭のお金を使い込み、
父は小学校のころからアルバイトをするという
いわゆる苦学生でした。


そんな話を聞いて育ち、
私も父方の祖母には会ったことがなく、
父もゆっくりと最後に実母に会ってから、
すでに58年の時が立っていました。




祖父は存命であれば96歳、
当時にしては大男で、

初孫の私には優しいけれど、
中に狂気というか何か癒されていない部分があり、
少し怖い存在であったことを、
子供心に感じたことを覚えていて、

お盆に帰省すれば、
母があれやこれやと苦労をしていて、

おじいさんは何を言い出すかわからない、
とびくびくしながら、

食卓を囲んでも、
おじいさんの琴線に触れないように、
シーンとしながら、音を立てずに食べていたことを
思い出します。


おじいさんがそうなったのは、
おそらく、終戦間際に、
自身の兄が戦死したことと、
広島という原爆が投下された場所であったことと、
無関係ではないように思います。

そんなことも、
親族ならば父親に聞くこともできるかもしれませんが、
それくらい、心に踏み入ったことを聞かないということが、

祖父母→父母→私と、
連鎖した家系で私も育ちました。





私自身が、そんな思いだったので、

父の苦労の分まで、私が、、、!
と、一人っ子だったこともあり、
自分の特性と真逆の頑張り屋を30代半ばまで演じて、
もうだめ、、とパンク。

そこから、やりたいことを見つけたいと、
心理学、コーチングに出会い、

起業へと進む過程で、
こうしたことにも向き合い、時に癒してきました。




小学校入学式。なんか肩に力が入ってますね。。。




極度に思いを言葉にできない性格でしたが、
少しずつ、表現したり、
今もその途中ではありますが、


「自分の代で、この家系の連鎖を断てれば」

という気持ちでもおります。







母方も、それはそれで、
色々あるのですが、

書くと、てんこ盛りになるので、
また機会があれば^^





父は、
広島大付属小学校を受験するほどであったそうなのですが、
当時の国立小学校は、まさかの抽選?だったそうで、
父は抽選に漏れ!(いつもおみくじでも凶を引きます)

その後、9歳で両親の離婚前後に、
どうやら家系が没落していき、
市内のはずれに移り住み、

小学生のころから自動車関連の工場や、
カキの種付けのアルバイトをしたり、

兄・妹の三兄妹でしたが、
妹の食事をいつも作っていたということで、
私が大きくなってからも、
日曜日の朝食を作るのは父でした。



妹を飢えさせない、という反応が
今でも働くのか、
早瀬家での愛情の示し方は、

「モノ、食事、食品がふんだんにあること」。



これは小さいころ私の欲しい愛情ではなかったので
(ものや食事ではなく、色々なことを話したかったのです)
なぜこんなに、我が家やエンゲル係数高めの生活なのか?
と思ったものでした。



時折父が語る、
幼少期の苦労や、どんなバイトをした、
大学で電気を学びたかったが、
祖父が建築に進めということで、
県下の工業高校から建設会社に就職したこと・・・

何一つ、自分の思い通りにならなかったことを聞きながら、

父が不器用で、私にも完璧を求めてしまうのは、
この生い立ちが原因、、、
とはわかるものの、


常に満点を求められてしまうことも、
思春期の私にはとても苦しいことでした。

それでも、

「私は、パパの子供だから・・・!」

と、高校2年までは頑張って進学校で成績をキープするも、
本心がおいてけぼりなので、
そこから下降線を早瀬自身もたどるのでした。



早瀬大学3年生くらいのころ。家族旅行はいつも車で

北は稚内から南は鹿児島まで・・・

おかげで地理にものすごく強くなりました。



そんな父。
自分のためにお金も使わない。

でもある日、不思議に思ったことがありました。


「私の家は、社宅なのに、
なぜ、自宅を買わないのだろう?」


私が中学校から私学にいった、
大学に進学した、、、
お金ばかり使う!と言われ続けて、

なんで私ばっかりお金を使うと言われるのか?
一人だし、社宅なのに、
なんでそんなにお金がないというのか?



30代前半のころ、
それをいまだに言われることに耐えかねて、

そのころから少しずつ、自分の本音を言うようにしていたこともあり、
母に思いをぶつけたことがありました。



「パパに満足してもらいたくて、
学校でも頑張った。いつも1位だった。
大学は失敗したかもしれないけど
会社でだっていつも遅くまで仕事して、
早く帰ろうとしたら、いつもパパの顔が思い浮かんで、
まだまだだ、あんたは、、と言われてる気がして、
すごいつらかった。
それでも頑張って同期では誰よりも早く海外駐在もした。
それで今度は結婚はいつか?て、
どこまで満足してもらえないの、私は!」



母は困惑したように、
初めて話す話を教えてくれました。




母は5人兄妹の末っ子で、
祖父母はラーメン屋を広島で営んでいました。

祖父母も色々とあった人たちだったそうですが、
祖父母が事業で作った借金を、
なぜか末っ子の婿である父が肩代わりした。


「パパは確かに、自分の子供のころの満たされない思いが
今でもあるし、ゆーさん(早瀬のこと)への期待が大きくて
こんな風につい言ってしまうんだけど、
本当によくやっていると私には言ってるよ。

うちがお金がないと言ってしまうのは
本当に全くないわけじゃないんだけど
私のお父さんお母さんの借金を全部肩代わりして
払ってきたから、

ゆーさんは一人っ子なのに、
小学校の時の机も隣のお兄ちゃんのおさがりで

広島に帰れば、
うちはゆーさんのいとこにはお小遣いをあげたり、
お土産をいっぱい買っていくのに、

ゆーさんはあんまりもらえなくて、
それも当たり前のように思っていて、
色々なことに子供のころから気づかせて、
苦労させたと思ってるよ・・・・」




33歳くらいの時に、母から初めて聞いたことでした。

もうすでに癒されていることですが、
書いている今も、なぜか、涙がでます。



学生のころ、やっと許してもらえたフランスへの短期留学で、

もっと自由でいいのかもしれない・・と目覚める。

でも自由にしようとすると当時に、父への罪悪感があった。




親戚に、誰か悪者がいる、
ということではないんです。


両家とも、祖父母の代でいろいろとあり、
その子供たちも、感情の行き違いがあり、
おそらく未消化の思いがたくさんある・・・


小さいころから、母は自分の姉3人のうち、
なぜか2人とはほぼ絶縁状態で、
私は、そんなことが自分の身内にあることが、
怖くて仕方がなかったんです。

自分のうちはなんかおかしいんじゃないかと・・・



でもこれを聞いて何となくわかったような気がしました。
父が、なぜか借金をすべて持っていたこと。

小さいころ、お雛様が、
母が紙粘土で丁寧に作って色を付けてくれ、
父がガラスケースと金屏風、ひな壇まで
丁寧に作ってくれたものでした。

私はそれが好きだったので何とも思いませんでしたが、

両親からしたら、
お金を稼げていないわけではないのに、
自分の一人娘に使えない事情。


それをずっと、もどかしく思ってきたのかもしれません。






あ、決して、不幸話をしたいわけではありませんし、
不幸ではありませんでした。


ただ、こういった感情の行き来や連鎖があり、
感情表現が下手で、
私自身も、本音を言えずに育って30代前半まで
過ごしたという事実をお伝えしたくて書きました。




そんな状態でしたので、
おそらく父のセルフイメージは、

「自分だけなんでこうなるのか」

だったと思います。





特に、これまで、贅沢をしたわけでもなく、
娘には不器用ながらも
たくさんのところに連れていってくれ、
不自由をさせられたことは物理的にはありませんでした。

ただ、

「私の家は変わってるのかも?」
「パパの分まで頑張らないとと思うのは苦しい」

そういう気持ちの連鎖を残した以外は、
仕事ができて、頭がいい、
なんでも知っている自慢の父ではありました。




昨年末から今年の4月まで、

父が白内障になり、
1回手術が失敗し、
かなりの混乱状態になり、
一時期は心療内科に通うほど追い詰められ、
私も年末から3月まで都内の実家で生活していました。

目が見えないという以上に、
「これまでこんなに頑張ってきたのに、なんで自分が」
という悔しさをいつも口にしていました。



4月に、別の病院で再度手術ができ、
その後後遺症が残ると言われていたのに、
なぜか以前より良く見えるという奇跡を一度、
起こしているのですが、
この時は本当に、良かったと思いました。


しかし、その後、
無症状なのに、コロナ陽性と診断され、
ピンピンしたまま入院するという、
落ち着かない1年でもありました。




大変なこともありましたが、塾で皆さんの顔を見ると安心していました^^



早瀬の家は、あまり思いを語り合うのが、
苦手で、こういった背景もあり、
ある意味タブーでもありましたが、

この白内障手術の時は、
本当に、初めてくらいの勢いで、

お互いの気持ちを時にぶつけ、
嫌でも話し合うことになりました。



それで、父の中に、
恨みではないけれど、
未消化の出自への思いも、聞くことになっていました。


でも、私は、

それを口にしてもらったことも、
良かったと思っていて、

私自身が、自分と向き合っていたことも、
今になって受け止められてよかった、
と思う部分もありました。





そんな風に生活をしてきて、

早瀬父・67歳の秋。2021年。





先日実家に帰った時に、
1冊のファイルとともに、
こんなことを父から報告されました。



その時も、母に、
「ゆかに話してもいいよな?」
と確認するほど、
思いを話すということに慣れてない家であります。





「実は、父さんのお母さんが、
今年の8月まで生きていて、
97歳で亡くなったという連絡が、
弁護士さんを通して入ったんだ。

お母さんの妹さんがまだ存命で、
お葬式やその後のことを全部してくれて、
お母さんには3人の子供がいたはずだと、
弁護士に依頼して調べてもらって、
父さんとおじさんとおばさんに通知が来た。

まだ生きていたんだというのが本当にびっくりして、
それも、広島市内の中心部に住んでいたなんて・・・

妹さんから、
遺骨と、実はお母さんがお金を残したいたから、
これは3兄妹が持っていたほうがいいということで、
受け取ってほしいという連絡がきていて、
今週末に、姫路に兄妹で帰ってくるから。」





何がなんだかわからなかったですね。
聞いたときは。


ただ、帰って、今にある仏壇のようなところに、
いつもは出ていない、
父のお母さんの写真が出ていたことに、

「あれ?なんでだろう?」

とは思ったのですが、




まさかそんなことがあったとは・・・・






父のお母さんとは、
正確に言うと、

私が生まれてすぐに、
父は20年ぶりに、何とか連絡先を入手して、
会いに行ったことがあるそうで、
写真は、0歳の私とおばあさんとの写真でした。




ただ、その後、

私が物心つくまで、会うのや控えることにした、
なぜなら、帰省した際に私が祖父の前で
祖母にあったと言ってしまうかも知れず、
小さい子に口止めするのは気が引けて、
ということでした。


そうこうしている間に、
父がかなり多忙にしてしまったことで、
連絡先を無くしてしまい、

兄妹に連絡先を知っているかと聞けばいいものを、
おそらく、お兄さんはまた別の感情を持っているようで、

父はお兄さんに遠慮して、
(そこでも思いを言わない、早瀬の家系です)

そのままになってしまったそうなんです。




なんども色々探すのですが、
約40年前。当時人を探す手段も限られていて、
東京に転勤になってしまったこともあり、
とうとう会えずしまいだったとのことでした。




お兄さん(おじさん)に聞いていれば、、
兄妹で話せていれば、、、

私はそう思いましたが、
それが、この家系の連鎖で、
思いを話せない、気を使いあう、
ということを生んだ要因なんだと思いました。





そんなこともあり、
父としては、

9歳のころから、一瞬の再会はあったものの、
実質的に、約58年の時を経ての、

実母との再会となったのです。





父から渡されたファイルを全部読みましたら、

祖母がこの8月に亡くなったこと、
そして、びっくりするようなことがありました。




なんと・・・・


父と、同じ誕生日だったのです。




父も、これは初めて知ったということで、
心なしか、とても嬉しそうでした。



そして、残していたお金というのも、、、

祖母の当時の職業を知っていた父曰く、
絶対に残せないくらいの額だけど、
なんでだろう?

と言ってました。




経緯はわかりません。




ただ、、、、
私には、こう思えました。





おそらく祖父の日頃の様子に耐えかねて、
姑とのこともあり、家を出ざるを得なかった祖母は、

もともと実家から来た時に持っていたお金を、
子供である3兄妹のために、
祖父に言わずに持っていたのではないか。

時が来たら、子供たちに、
何もしてあげられなかったけれどせめて、
という気持ちのつもりで、
もってくれていたのではないかと。



それが、

私の父にとっては、




祖母がこの夏まで生きてくれていたこと

それを知ったと同時に誕生日が自分と同じだったこと

愛情が形を変えたお金の姿を見たこと




という事実になって、

やってきてくれたのではないかと、
私は思いました。





お金をもらえるということが嬉しいのではありません、

持っている理由は違うかも知れないですが、
なぜか、私には↑に書いたようなことに思えて
仕方がないのです。


物理的にも離れている、
そして会えない子供たちに、
何かできることは・・・・

と祖母が考えて、
それを渡せる日のために、
97歳まで、約60年もたった一人で生きていたと思うと・・・・





私は、両親の家系が少々複雑だったこともあって、

祖先を信じていないわけではありませんが、
良く言う、「ご先祖様に感謝」ということを、
実感したくても、身近に感じたことが、
どうしてもありませんでした。



先日、有名な手相家の西谷先生に見ていただいた際に、

「あなたの家系は実に長寿ですよ。
そしてご先祖様に守られている。自覚はありませんか?」

と言われたんですね。




「先生、うちは祖父も60代で他界してますし、
その祖母とはあった記憶がありません。
母方も、色々事情があり、いつまで生きていたか知らないのです。
ご先祖様を感じたくてもルーツが遠く感じています」

と答えたばかりでした。





そこから、なぜか、
ご先祖様は守ってくれているよ、
という言葉を聞く機会が

少なくとも3名の方から言葉にしていただいて
あれ~なんかこれ、テーマなのかな?
と思っていたタイミングでした。



自分のルーツについて聞きたいのに、聞いてはいけない気がして悩んだ学生時代・・・

親の傷を感じていました。




全部、偶然の一致かもしれません。

でも、



父がまだ元気で現役なうちに、
3兄妹で、3人きりで会うなんて、
おそらく何十年ぶり。

そんな機会とともに、
兄妹のもとに、おばあさんは帰ってきてくれて、

思いを形にしたもの(お金)と、
お骨になって帰ってきてくれた・・・





これまで痛いくらい感じていた、
父の中にある複雑な思いが、


全部、雪解けしていくような気持ちを、
この時感じられたんです。



まさに、


「奇跡」

 

 

が起こった、と思いました。




こんなこと、あるんだと。






もともと、何もかも上手くいっている家系ではなく、
複雑な思いを重ねて、
生き別れていた母と、

約60年ぶりに、
いろいろな思いととにも受け取れたこと。




会いたくて、今年まで生きていてくれた、
そんな風に思えてならないのです。

聞く人によっては、
身内がなくなって、身寄りがないから、
探されて、判明しただけでは?
という事実になるのかもしれません。




ですが、
私や私の父にとっては、


色々な偶然とともに、
思いをもって、

全く予期せず、
おばあさんが、最後にやってきてくれた。




そして、父が持っていた、
長い間の色々な思いも、

目の前で音を立てて、
なんだか軽くなっていってるように感じたのです。




「あ、もう、これで大丈夫だ」



そんな風に、思いました。




本当に、良かったと思っています。


西谷先生に言われたメッセージも、
こういうことだったのか、と、
不思議なほど、タイムリーで受ける結果になりました。

たしかに長寿も長寿。

そして、強い。


今、直接は届けあえなかった愛情が、
こうして父を含めた子供たちに届いていてる。



そして、気持ちの行き違いも、
しゅわっと消えたことも、
きっとあったのではと思うのです。





ご先祖様に守られているとか、
家系の愛情とか、

そういう言葉で自分の家のことを
言い表したことはありませんでした。




ただ、今回ばかりは、


「家族の、家系の愛情はある」

^^^^^^^^^^^^^^^


そして、いつでも見守ってくれているんだ。

ということを、
信じざるをえませんでした。

そう思うと、守られてきたと思えることばかり、

思い出されます。

 

 

そう思えるように、

父や、起こったことを、

受け止められるように、

内面ホリホリをして、

自分を率いる(Lead my self)しながら、

進んでいてよかった。

 


自分が見ようとしていなかった、

見えなくなっていただけだった。



父は今週末、
姫路、そして、兵庫の生野という、
祖母の出生地へ向かうそうです。



生野に自分のルーツがあったことも、
私も初めて知りました。

なぜ、祖母は、
生野から、戦後まもなく混乱した広島に来たのだろう?



父も知らないそうなので、
そんな思いにも初めて触れられるチャンスではないかと思います。





私が年々祖母に似てくると、
母はいつも言うのですが、

どんな方なのか、
出来れば一度でもお会いしてみたかったのですが、

60年ぶりに、
父のもとに、

こうしてやってきて出会えてくれて、
本当に、ありがとうと今は思っています。





ご先祖様、
そして、家族の愛情って、

どんな複雑な家でも、
紐を解いていって、
解いていくことができれば、、

見えてくるのだなあということを、

私も体感する日がくるとは、
夢にも思っていませんでした。





そして、
順風満帆に行っている家庭ばかりでは、
世の中ありませんよね。

でも、思いはきっと、
どこかにはある。

そんなことを、
少しでも、私の経験をシェアさせていただくことで、
お役に立てることがあれば、と思いました。





書いていて、なんだか涙が出てきますが、
安心だったり、つながっている嬉しさかもしれません。




身内話に、
お付き合いいただいて、
本当にありがとうございました。

 
 

 

 

 

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WRITER
早瀬 結香 先生  
Yuka Hayase

1983年生まれ、やぎ座AB型で、動物占いは自由を好むペガサス。

「本当の自分に戻ればうまくいく」。
心をとらえて離さない、「使命」を見つけて生きるお手伝いをしています。

「溢れる想いを素直に体現し、自分の経験の全てを生かして、
心と心がふれあう中で、使命を生きる世界にする」が私の使命です。

頑張り屋さん会社員として海外駐在、管理職を経験しながらも、
幼少期からの挫折に苦しみ、自分探しの最後にたどり着きました。

心が動き、ぐわーっとエネルギーが湧き上がっていく瞬間に立ち会いたい。
「自分の可能性を感じカタチにする」二人三脚の伴走を致します。

趣味:旅行、地図集め、ドライブ、「移動」すること
   自然の中でご飯を食べること
特技:人の思いを引き出す・やる気に火をつける・癒すこと