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ライフミッションストーリー①母と娘の関係(母の死、時間は戻らない・・・)

Category : お知らせ, リアル日記・1Day開講までの道のり, 体験レポート  Date : 2021年03月19日

こんにちは、
ライフミッションサポーター®︎のTOMOです

娘を先日、寮に送って行った時の話です
車の中で🚘、いろんな話をしました。

20歳になった娘
強く、頼もしく成長したと感じました。

同じ職業を選び、寮に入り、学業と、バイト…
寂しくて家に帰って来る。

私も高校卒業し、地元を離れ寮に入り、仕事をしながら資格を取り…
当時は家を出たくて、継母のいる実家には自分の居場所なんてなかった
心細かったけれど、知らない土地での生活を始めた。

嫌な家を出てきたはずが、やっぱりなれない環境は寂しかった。
ホームシックってヤツかな

娘は、というと・・・
本当は家に居たかったけれど…通学に1時間、
たまに数時間の授業の為に交通費もかかる事を考えたら寮に入り時間を有効に、お金の節約にもなるのでと、
寮に入る事を勧めました

1人暮らしで、いろいろ学んで欲しい。親の苦労もわかるだろうと思って…

私のようにすぐに帰れない宮崎と愛知ではないし・・
直ぐ帰りたいなら帰れる・・・1時間の距離

ホームシックは時々あるようで、次いつ帰ろうかな〜なんて…
もう1人の娘は、「また帰って来るの⁉️」と・・・「いいじゃん自分の家だし」と口喧嘩がはじまる(笑)

娘を寮に送る車の中で…
「お母さんみたいに、いろいろ趣味をもって、やりたい事やろるのって凄い!」☺
「他のお母さん…趣味ある人少ないし、責任者で大変だけど、看護師ってやっぱり凄いなぁ〜って、
私も、看護師以外なろうと思わなかったんだよね」って!!

そんな風に思ってたんだね…

私は完璧な母親じゃなかったと自分で感じていたのにそんなことを娘からいわれるなんて…

仕事も一年半だけ休職しただけで、年子だったので出産した時に休んで、
上の娘が2歳保育園に預け、下の子が7ヶ月で職場の保育所に預けて働いていて、
その当時残業で、19時まで保育園に、最後の真っ暗な保育園に一人で待たせていた。

「ゴメンゴメン遅くなって…」といつも最後のお迎え
先生に手を引かれ、でも笑顔で駆け寄ってきてくれて

仕事ばっかりで構ってあげられなかったね…って話すと
「先生独占出来たから楽しかった爆笑」
と言ってくれて

習い事も本当は嫌だった?と聞くと
ピアノ、新体操、プール
「ピアノは練習やだったし、他は楽しかった」
その時は行きたくないと言っていたのに、

自分が好きな事やらせてもらえず、ピアノ🎹も習いたかったのに出来なかったし…
やりたいと思う事やらせてあげる事が満足だった

でもそれって…自分の自己満足だったかも

嫌な習い事…ピアノ🎹練習したくなくて…って
それをやらなきゃダメと押しつけて…結局ためにならなくて

そんなことでイライラして、常に怒っていたかも💢

「お母さん怖かった…!!」って
やっぱり〜⁉️
今だから言える😆

こんな風に、私も実の母と話したかったな…
お母さん…の存在って大事
お腹を痛めて自分の分身。
けれど、私と母との関係は最悪でした。

私の母は、私が中学生の時に離婚し、私は母親といたかったのに、母の決断で私達を置いて出て行った。
母と買い物、母と話をゆっくりすることさえ、記憶になかった。
中・高といろんな相談もできず
良くグレなかったね~と言われた。
グレても・・父の実家に連れていかれ田舎で、見知らぬ土地で
祖母に頼ることもできず
ただただ・・毎日を生きるだけ

その間も母から連絡も数年なく、
私が高校2年の時に突然
「見捨てたわけじゃなくて、生活力なかったから」
と連絡があった。

それから母のそばに居たいと、地元の宮崎から愛知県に家を出る決心をし、看護学校に通いながら働いた。

でもでも、嬉しい気持ちとは別に
「お母さん、お金なくて…」と給料8万円くらいしかないなか、毎月お金を送っていた。
それは18~25歳まで・・
娘が、1歳になるまで続き…たった数万だけれど
父に学費も頼まず自力で看護師免許をとったのに…

生活費ではなくパチンコ、タバコに消えていくお金のためになんで毎月送るの⁉️

私は母親を突き放すことに

何のために⁉️賭け事、嗜好品の為になんて信じられない
と限界でした。
理想の母親とはかけ離れていて…
そんな母親いらない
もう連絡して来ないで…と突き放した。

それから8年くらいが経ち、いつか連絡あるかもしれない。
でも私から連絡したくない!そう思ってました。

すると、警察👮‍♀️から「身元確認を」と連絡が

母が死んだ…
嘘、私が見殺しにしてしまった
そう思いました

あの時突き放さなきゃ良かった

凄く後悔したけど、どうにもならなくて…
自分を責めた

糖尿病でインスリンも打っていて、風邪をひき、病院にも行けず…
家の中はいつ食べたかわからない残骸、オムツをはめてトイレにも行けなかったのかも
死後3日経過していた。
母の友達が見つけてくれた。

私を見捨てた代わりに
私も母を見捨てた
そんな酷いことをしてしまった

お母さんごめんね、ごめんね

発見してくれた母の友達からは、
「ずっとね、娘の自慢してたよ!私に似て強くて、看護師になって頑張ってる」と
私のことを、そう言っていたようです。

本音で話していたら、母ともっとぶつかっていたら
こんな事にならなかった。
もっともっと話せば良かった。
死んでしまったら何も言えないじゃん

52歳という若さで…
もう1人の娘(孫)の顔も見ることなく亡くなってしまった

当時。小学生になった娘2人には、
私の母の存在さえ話してなかった。
実の母の事。

私は母のようになりたくないと反面教師で生きてきた
賭け事しない、タバコも吸わない。
もちろん、夫になる人の条件にもしていました

今では後悔しかないけれど、
これから自分の娘にだけはそう思われたくない
自立して、自分のやりたい事をするには何が必要かを教えてきたつもりです。

自分らしく生きるって簡単だと思っていたけど、
貫き通したり、信念を持つ事ってなかなか出来ないし

1人では生きていけないし、家族や、両親、友達、自分の周りに生きる人達との関係も大事

そう思った時、自分の人生設計
ヴィジョンってとても大事だと思う。

娘にも、これからどうしたいか、どうなりたいかしっかり考える必要がある事も伝えました。

母にしてしまった後悔を違う形で娘との関係を良くしたい。
そう思いました。

なので、出来るだけ
娘ともいろんな話をしようと思いました

LMCと出会って、ヴィジョンをしっかり持つようになり、
何からやって良いかわからなかった
そんな自分・・・から
どういう人生にしていきたいか
生きる道標➡を明確に教えてもらい
背中を押してもらえました

興味有れば↓まで
一緒にヴィジョンを探してみませんか?

美舟 智子先生の記事一覧|一般社団法人ライフミッションコーチ協会
美舟 智子先生の記事一覧ページです。ライフミッションコーチ協会は人生のやっとけば良かったなあ。をゼロにする協会。幸せのコップを見つける「内面ホリホリ」の場です。
リンク
lmc-japan.com

体験セッション(無料)お待ちしてます
日程調整します
共感して頂いた方…連絡待ってますおねがい

私みたいな人を増やしたくない
母との関係、見直してみてください。

今、義理の母がいますが、とても仲良しです。
もちろん娘2人とも…分かり合える関係ってとても良いです。なんでもいいあえる親友のようです💕

一般社団法人 ライフミッションコーチ協会_copy
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WRITER
美舟 智子 先生  
Tomoko Mifune

1976年生まれ、水瓶座O型
宮崎県出身。岐阜県多治見市在住。

看護師、ヒーラー。両親の離婚をきっかけに、自立した女性を目指し看護師となる。母親の死、自身も離婚を経験。2人の娘のやりたい事の応援。(看護師、調理師を目指し奮闘中)
看護師歴22年、管理職で病棟の人間関係の構築、チームワーク、働きやすい職場を提供をモットーに。スキル.リーダーシップを新たに学ぶ為にLMCと出会う。「安全、安心、ポジティブな場」を目指し、自分の強みをいかし、自分らしくいられる場を提供する為に、認定講師として始動。
ライフミッションは、自分の存在価値を見つけて、自分らしい人生を生きていける人を増やす事。人を導く事。自分の幸せに気付き、幸せで満たされる人を増やし、応援したい。幸せ探しのお手伝い。

家族:夫(4歳年下)元板前、長女 看護大学3年、次女 調理学校2年
好きな事:旅行、フラ、映画、美味しい物の食べ歩き
夢:ハワイで暮らすこと・キャンピングカーで全国を回り人とのつながりを感じたい